2021.03.30
より過激に、よりブラックにーー映画作りを変えたアルトマン
アルトマンはラードナーの脚本を決してないがしろにしたわけではない。何より、手術シーンが克明に描かれていることに、彼は感銘を受けていた。主人公たちは手術中でさえ冗談を言い合っているが、この場面はとにかく血まみれで、負傷兵の首から血がピューピューとあふれ出る場面もある。戦闘シーンがまったくない本作において、外科手術の場面は戦争の残酷さをダイレクトに伝える唯一のビジュアルで、これがあるからこそ反戦映画が成立する。実際、スタジオのお偉方に試写を見せたとき、これらのシーンをカットするようにというお達しがあったが、アルトマンは断固として拒否した。
撮影後、編集段階で、アルトマンはドラマのリズムが今ひとつ良くないことに気づく。この最終段階で、彼は医療キャンプ内放送の音声という工夫を加えていった。“壁のヌード写真を剥がすように”などの、軍事施設では本気とも冗談とも取れるナレーションは、すべてこの段階で加えられたものだ。同時に、それは本作にブラックユーモアを加えるうえで大きな役割を果たした。
『M★A★S★H マッシュ』(c)Photofest / Getty Images
戦争なんて、ゴメンだね……と軽やかに、しかし痛烈に言い放った『マッシュ』はカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞。アカデミー賞では作品賞など5部門にノミネートされ、ラードナーに脚色賞が送られた。何より、1970年に公開された本作は若い世代に熱烈に受け入れられ、製作費の20数倍もの全米興行収入を上げる。このブームに乗り、1972年からはTVシリーズ化されて人気を博し、10年以上にわたって作られる人気作となった。
本作の撮影中、こんなエピソードがあった。1969年7月20日、有人飛行のアポロ11号が月面に着陸。人類はついに月面に降り立ったが、『マッシュ』の撮影はその時間にも行なわれており、キャンプ内放送用スピーカーを見上げたカメラは、夜空の月をはっきりととらえていた。時代は変わった。アルトマンもまた、ハリウッドの映画作りを、このとき確かに変えたのだ。
文: 相馬学
情報誌編集を経てフリーライターに。『SCREEN』『DVD&動画配信でーた』『シネマスクエア』等の雑誌や、劇場用パンフレット、映画サイト「シネマトゥデイ」などで記事やレビューを執筆。スターチャンネル「GO!シアター」に出演中。趣味でクラブイベントを主宰。
(c)Photofest / Getty Images