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『約束の宇宙(そら)』母と娘の決意を受け入れる“さよならの鏡像”

ⒸCarole BETHUEL ⒸDHARAMSALA & DARIUS FILMS

『約束の宇宙(そら)』母と娘の決意を受け入れる“さよならの鏡像”

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浸食していく不安



 生きたロブスターをどう調理したらいいか分からない主婦を、ユーモラスに、そして残酷に描いた(ロブスターを生きたままミキサーに入れたりする!)傑作短編『Kitchen』(05)を皮切りに、アリス・ウィンクールは、「恐怖」に浸食されつつある身体を繰り返し描いてきた。


 長編第一作目の『博士と私の危険な関係』(12)は、19世紀パリの精神病院を舞台に、著名な神経科医ジャン=マルタン・シャルコー(ヴァンサン・ランドン)と、その患者オーギュスティーヌ(ソコ)の実話をベースにした作品だ。ここでのオーギュスティーヌの凄まじい体の痙攣、発作は、劇中のオーディエンスに恐怖を与えると共に、感嘆を呼び起こす。実験台としての、いわば見世物としての痙攣。その痙攣は、シャルコーとオーギュスティーヌの関係性の変化と共に、やがて儀式化されていく。オーギュスティーヌが、シャルコーという他者を自身の内側に取り込んだことが、この変化の要因であることが描かれる一方、他者に浸食されたのは果たして本当にオーギュスティーヌなのか?シャルコーこそが彼女に浸食されたのではないか?というところが、この作品の他者=恐怖を受け入れることの問いになっている。

 

『約束の宇宙(そら)』ⒸCarole BETHUEL ⒸDHARAMSALA & DARIUS FILMS


 片目を負傷する設定のため、大部分のシーンで片目を閉じたまま演技をするソコのアップが、どこか『アンダルシアの犬』(ルイス・ブニュエル監督/1929年)で、眼球に剃刀を入れるシモーヌ・マルイユのアップを想起させるところも興味深い。


 また、長編第二作『ラスト・ボディガード』(15)は、戦争体験によるPTSDに苦しむ元兵士(マティアス・スーナールツ)が、実業家一家の妻(ダイアン・クルーガー)の護衛を務める物語だが、ここで描かれるのは、PTSD患者の白昼夢であり、女性にどう接したらいいか分からない男性による恋愛感情未満のまなざしだ。


 短編『Kitchen』で、ロブスターをどう扱っていいのか分からなかった主婦を描いたように、アリス・ウィンクールがこだわるこれらの恐怖は、他者という異物が自らに侵入してくることに対する恐怖であり、それをどうしたらいいのか分からないドキュメントとして記録している。


 アリス・ウィンクールは、デヴィッド・クローネンバーグの作品群をフェイバリットにあげている。デヴィッド・クローネンバーグが、精神的、肉体的に異物を身体の内側に侵入させること、または、予め異物に侵入された主人公を多く描いてきた作家であることに、アリス・ウィンクールが多大な影響を受けていることがよく分かる。





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