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『悲情城市』台湾の歴史的事件を記録した、侯孝賢の初期集大成

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『悲情城市』台湾の歴史的事件を記録した、侯孝賢の初期集大成

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台湾ニューシネマの終焉



 映画が終わりに近づき、林一家を暗い影が覆う。一度は逮捕されたもののどうにか処刑から逃れた文清は、家に戻り自分を慕う看護師の寛美と結婚するが、仲間たちが次々に殺されていくなかで、もうどこにも逃げ場がないことを悟る。覚悟を決めた彼は、妻と生まれたばかりの息子と共に、写真館で記念撮影をする。彼の最後の登場がこの記念撮影の場面であることに驚く。椅子に並ぶ彼らの後ろには、芝居の書き割りのような背景幕が垂れ下がる。これほど空間の奥行きを生かした映画のなかで、空間の豊かさも遠近感も一切排除した画を残し、トニー・レオンは姿を消す。


 『悲情城市』は、国際的な評価はもちろん、台湾でも大きな話題を呼びおこした。二・二八事件の描写をめぐっては賛否両論が飛び交い、ときに政治的議論をも巻き起こした。しかし興行的には大成功をおさめ、「台湾ニューシネマの映画は、芸術性は高いが客は呼べない」というそれまでの定説を覆した。一方で台湾ニューシネマの運動そのものは、『悲情城市』の大成功によって実質的に終焉へと向かう。もちろん彼らはその後も精力的に映画を発表し国際的な評価を得ていくが、活動はより個に分かれていく。映画への熱狂をもとに集った若者たちの運動が、ひとつの到達点を迎え、役割を失っていくのは当然のことだった。


 『悲情城市』の後、ホウ・シャオシェンは、林家の長老を演じた李天祿(リー・ティエンルー)を主演に『戯夢人生』(93)を監督。ここでは『悲情城市』の少し前、日本統治下の台湾の記憶が映される。そして盟友エドワード・ヤンは、1991年に『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』を発表する。ヤンが描いたのは、1960年代初頭の台北。『悲情城市』が描いた二・二八事件の後、戒厳令が続く台湾で起きた白色テロの時代だった。


【参考文献】

朱天文『侯孝賢(ホウ・シャオシェン)と私の台湾ニューシネマ』樋口裕子、小坂文子編訳、竹書房、2021年。

小山三郎他編『新編 台湾映画 社会の変貌を告げる(台湾ニューシネマからの)30年』晃洋書房、2014年。

田村志津枝『台湾発見 映画が描く「未知」の島』朝日新聞社、1997年。

『侯孝賢 「戯夢人生」まで全記録』(「朝日ワンテーママガジン」16号)朝日新聞社、1993年。

『悲情城市』劇場用パンフレット、東宝出版事業室、1990年。

田村志津枝『スクリーンの向うに見える台湾』田畑書店、1989年。



文: 月永理絵

映画ライター、編集者。雑誌『映画横丁』編集人。『朝日新聞』『メトロポリターナ』『週刊文春』『i-D JAPAN』等で映画評やコラム、取材記事を執筆。〈映画酒場編集室〉名義で書籍、映画パンフレットの編集も手がける。WEB番組「活弁シネマ倶楽部」でMCを担当中。 eigasakaba.net



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「台湾巨匠傑作選2021―侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督デビュー40周年記念<ホウ・シャオシェン大特集>」

2021年4月17日(土)~6月11日(金)新宿K’s cinemaにて開催、他全国順次開催

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