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『博士と狂人』メル・ギブソン×ショーン・ペン、二人の熱量を融合に導いた“作家性”

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『博士と狂人』メル・ギブソン×ショーン・ペン、二人の熱量を融合に導いた“作家性”

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起承転結の時間配分を丁寧に構成



 『博士と狂人』の物語だが、中身を紐解いていくと、しっかりとエモーショナルなものになっており、アカデミックに寄り過ぎず、ライトにし過ぎず、予備知識がなくても見られるというバランス感覚が良い印象だ。


 「戦争のトラウマを引きずり、強迫観念に苛まれて道を踏み外した男」と「学校も満足に通えなかった商人の出だが、言語学界の異端児に上り詰めた男」という、栄光←→転落のベクトルが真逆なキャラクターをそれぞれに対比させて描き、ふたりの道が重なるところを「辞書編纂」にしている構造が上手い。人生がアッパーになっていたマレーが壁にぶち当たったときにマイナーに救われるという展開もカタルシスがあり、マイナー自身も過失で罪なき人を殺してしまったという悔恨から少しずつ解放されていくため、Win-Winの関係が成立している。


 また、全体のちょうど半分に差し掛かるところで、マレーとマイナーが出会う構造にも、明確な意図が感じられる。最初の“邂逅”ではマレーはマイナーを殺人犯だと認識しておらず、「兄弟」と呼ぶシーンには、悲壮感の予兆が漂う。この部分は、後々に巻き起こるであろう切ないドラマを想起させ、そうした“伏線”の張り方も気が利いている。



『博士と狂人』© 2018 Definition Delaware, LLC. All Rights Reserved.


 また、加害者と被害者の和解の物語に尺が割かれているのも興味深い。マイナーは被害者の妻イライザ(ナタリー・ドーマー)に読み書きを教えることで、未来を与えようとする。イライザが覚えたての読み書きで手紙を綴り、「憎んでいない」と渡すシーンは本作のひとつのハイライトといえるだろう。マレーが言葉(勉学)によって人生を向上させ、学士号がないというハンディキャップを克服し、罪を犯したマイナーが言葉(辞書の編纂)によって居場所を獲得できたのと同じように、イライザもまた言葉によって「子どものために身を売るしかない」状況から救われ、同時に“赦し”という境地に向かっていく。メインのキャラクターたちが皆、言葉の持つ効能によって人生に光がさしていく展開は、本作の重要な要素だ。


 ただ、そこからは起承転結の「転」へと移り、シリアスな展開が続く。マイナーは再び心を病み、マレーも陰謀に巻き込まれ、窮地に追いやられる。絶望に浸されたふたりがどう動いていくかが、クライマックスの盛り上がりとなっていくわけだ。


 このように、エモーショナルな感情描写に加え、降りかかる試練と成長、そしてそれぞれの絆といった、涙腺に訴えかける“素材”の数々を効果的に使用。まるで作劇上の黄金比を踏襲しているかのような『博士と狂人』。本作の脚本は監督のファルハド・サフィニアが担当しているが、途中から『ハドソン川の奇跡』(16)の脚本家トッド・コマーニキも加わった模様。実はここにも「事実は小説よりも奇なり」な内幕があった。最後の項目では、そちらについて少し紹介したい。




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