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『博士と狂人』メル・ギブソン×ショーン・ペン、二人の熱量を融合に導く“作家性”
作品の舞台裏にあった、作り手と制作会社の衝突
『博士と狂人』にまつわる、衝撃的な真実。実は本作、メル・ギブソン&ファルハド・サフィニア監督と製作会社の間で衝突があり、最終的にギブソン側が訴訟を起こす事態にまで発展した。作り手側のクリエイティビティが十分に担保されず、本来望んでいた形でのリリースにはならなかったのだ。
ギブソンとサフィニア監督はオックスフォード大学での撮影を希望したが、製作会社は予算の超過とスケジュールの遅れを理由に拒否したという。また、ギブソンとサフィニアらが意図したバージョンではない本編を配給会社に開示されたことも、契約違反と訴えていたようだ。そのため、脚本通りに撮影することが叶わなかったという。
その証拠に、本作の撮影自体は2016年に行われているが、本国公開されたのは2019年。興行成績も、予算の4分の1程度にとどまってしまった。ギブソンはプロモーションを拒否し、サフィニア監督の名前はP.B.シェムランとしてクレジットされている。また、ふたりは途中からプロジェクトを離脱しており、公開されたバージョンについて「ひどく失望するもの」との声明まで発表しているのだ……。
『博士と狂人』© 2018 Definition Delaware, LLC. All Rights Reserved.
ギブソンが長年切望していた企画だと考えると、何ともほろ苦い結末ではあるし不憫で仕方がないが、この顛末も作品と不思議なリンクを感じさせて、何ともドラマティックだ。「事実は小説よりも奇なり」な出来事の映画化プロジェクトもまた、「事実は小説よりも奇なり」な運命をたどった――。
映画史の中で、不完全な形でリリースされた作品はごまんとある。その中には後世にまで受け継がれている名作も多く存在し、これらの真実が必ずしも作品自体の魅力を完全に損なってしまうことには、つながらないのではないか。有名どころでは、原作のダイジェスト的な内容になってしまったデヴィッド・リンチ監督の『デューン/砂の惑星』(84)、「わかりにくい」などの理由で改変を余儀なくされた『ブレードランナー』(82)、配給会社によって作り手の予期せぬ形で編集・公開されてしまった『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(84)等々……。このような逸話は、120年の映画史の中で数多く存在する。
そしてまた、『ローマの休日』(53)の脚本家の背景をつづった『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』(15)や『ゴッドファーザー』の誕生秘話を描く『The Offer(原題)』といった映画も製作され、こうした舞台裏のドラマが人々を惹きつけていくのだ。
仮にそうしたトラブルがあったとして、作品は最終的には受け取る側にゆだねられるもの。本作で描かれるマレーとマイナーの友情に揺さぶられた人は少なくないだろうし、ただ綺麗なだけで終わらせない「贖罪」を鋭く描き切ったテーマ性にも、困難を乗り越えてゆくものづくりのドラマにも、或いは細部まで作り込まれた画面にも、妥協の跡は見えないのではないか。
ましてや、メル・ギブソンの悲しみをたたえた“まなざしの演技”や、ショーン・ペンの命を削るような驚異の役への入り込みには、偽りが入る要素などみじんもない。この映画の中には確かに、観客の心を動かす、光輝く瞬間が存在している。そしてそれこそが、映画の奇なる面白さであり、我々にとっての“真実”なのではないだろうか。
参考:
https://variety.com/2017/biz/news/mel-gibson-professor-and-the-madman-voltage-pictures-1202511797/
文:SYO
1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライター/編集者に。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」 「シネマカフェ」 「装苑」「FRIDAYデジタル」「CREA」「BRUTUS」等に寄稿。Twitter「syocinema」
『博士と狂人』
ブルーレイ発売中/デジタル配信中
ブルーレイ:¥5,280(本体¥4,800)
発売元:カルチュア・パブリッシャーズ
販売元:ポニーキャニオン
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