2017.08.07
『時計じかけのオレンジ』から『トレスポ』へ引き継がれるもの
実は本作にはキューブリック作品の影響がもろに垣間見える箇所がある。登場人物たちが揃って地元のクラブを訪れるシーン。ここが完全なる『 時計じかけのオレンジ』(1971)へのオマージュとなっていて、大音響の音楽が流れる中、登場人物たちが語り合う店内の美術には『オレンジ』の “コロバ・ミルク・バー”の影響が溢れている。
さらにボイルはここでキューブリックの撮影手法も真似ており、特殊なレンズを用いて現実世界の像を極端に歪め、俳優たちの表情も生々しく映し出されるように工夫されている。これによって、我々は心理レベルで刺激を受け、まるで異世界に足を踏み入れたような足元の覚束なさを感じながら鑑賞を続けることになるのである。
こうして並べると、『オレンジ』と『トレスポ』には幾つもの共通点が見つかる。若者たちの暴走、暴力、ドラッグの影響などを描いているのはもちろん、タイトルがミステリアスな響きを持っている点、さらに中毒症状を改善するための荒治療が描かれる点も同じ。ともに低予算の中で粘り抜いて製作された作品であるところも一緒だ。世の中が20年周期で動いているとするならば、70年代の英国映画界に革命を起こしたのは『オレンジ』で、次なる波を引き起こしたのは90年代の『トレスポ』。後者が前者を強く意識し、オマージュという形で敬意を表しているのも宿命的に言えば当然と言えよう。
時代は刻々と変わる。だがキューブリックの語っていた「体験」は一つの真理であり続けるだろう。果たして巨匠の意志は、この先、どのような新しい才能によって引き継がれていくのか。私たちもまた『オレンジ』や『トレスポ』といった一時代を築いた傑作をしっかりと踏まえた上で、その先に来る新たな兆しや潮流を敏感に感じ取ることができるようにアンテナを広げていきたいものだ。
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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