2021.05.29
引き裂かれていたブラックミュージック
注目したいのは、このパフォーマンスの舞台が“教会”であることだ。牧師の家に生まれたアレサは、幼い頃から父の教会でゴスペルを歌っていた。ゴスペルを簡単に説明すると、アメリカの黒人教会で歌われている、神を讃える内容の曲。白人の教会の讃美歌と異なるのは、それが全身全霊で歌われ、それを聴く信者たちも全力で反応する点だ。それゆえにゴスペルは時として、コール&レスポンス、さらにはシャウトやダンスなどの情熱的な光景を作りだす。
このゴスペルこそが、アレサがアルバムに詰め込みたいと思ったものだった。彼女がそれまでヒットチャートに送り込んできた曲は、ソウルやR&Bなどのポピュラー・ミュージック、すなわち世俗の歌であり、神を讃えるために歌われるゴスペルではない。
『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』 2018©Amazing Grace Movie LLC
当時のブラックコミュニティでは、ゴスペルとポピュラー・ミュージックの間には深い溝があった。ゴスペル・シンガーがポピュラー・ミュージックを歌うのは、神の教えに反するーーそんな保守的なリスナーが少なからず存在していたのだ。サム・クックやマーヴィン・ゲイといった伝説のシンガーもまた教会の家に生まれ、ゴスペルによって歌声を育成され、ポピュラー・ミュージックによってブレイクしたが、そのためにしばしば、保守的な信者の批判の対象となった。
ポピュラー・ミュージックの分野で有名になったアレサにとって、そのような保守派に“教会を捨てた”と言われるのは心外でしかなかった。どんなに有名になっても、私の心は教会にあるーーそんな思いが『至上の愛〜チャーチ・コンサート〜』をレコーディングさせる原動力となったのだ。