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『15時17分、パリ行き』イーストウッドが作り続ける「教育」映画の最新アップデート

『15時17分、パリ行き』イーストウッドが作り続ける「教育」映画の最新アップデート


映画の現場でイーストウッドが続けてきた教育と伝承



 「伝承」の作法はイーストウッドの実際の映画作りの中でも実践され続けてきた。


 最後の西部劇と謳われた『許されざる者』(1992)はイーストウッドの出世作『 荒野の用心棒』(1964)のセルジオ・レオーネ監督と『 ダーティーハリー』(1971)のドン・シーゲル監督に捧げられている。2人の大監督から現場で映画作りを学んだ叩き上げの男イーストウッドは、自らが受けとったものを「弟子」たちに伝承してくことでその恩に報いた。


 『 ダーティーハリー2』(1973)では脚本に当時無名だったジョン・ミリアス(後に『 地獄の黙示録』(1979)の脚本を執筆)とマイケル・チミノ(後に『 ディア・ハンター』を監督)を起用。『ダーティハリー2』の後の主演アクション映画『 サンダーボルト』(1974)でマイケル・チミノを監督としてデビューさせた。さらに『 ダーティーハリー3』(1976)では、自らの助監督を長く務めたジェームズ・ファーゴをデビューさせている。




 自らの下で修業した「弟子」をデビューさせる「暖簾分け」は今も続いており、『 人生の特等席』(2012)で長年イーストウッド作品のプロデューサーを務めたロバート・ロレンツを監督としてデビューさせ、自らは役者として引退宣言をしていたにも関わらず作品に出演し花を添えた。


 特に近年で驚かされたのは『 ハドソン川の奇跡』(2016)で30代半ばのブル・マーリーを編集マンとして起用したことだ。マーリーは長年イーストウッド作品の音響効果を担当し、2度のアカデミー賞に輝いたアラン・ロバート・マーリーの息子で、イーストウッド作品の制作アシスタントなどを務めた若者だった。そんな彼が編集マンに指名されたきっかけは、彼が友人の結婚式ビデオの編集をしているのをイーストウッドが見て、「次回作の編集をやってくれと」と誘ったからだという。編集の手練れとは言えないマーリーを起用したのは、3人の演技未経験者を主役に抜擢した『15時17分、パリ行き』の手法とダブって見える。同時にイーストウッドと3人の青年の関係は、『グラン・トリノ』の老人と少年とも重なる。






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