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『恋する惑星』恋愛映画の傑作が切り取る、90年代前半の香港に流れた空気

© 1994, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

『恋する惑星』恋愛映画の傑作が切り取る、90年代前半の香港に流れた空気

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第2部、〈外部〉をめぐる物語



 金髪の女からの留守電を聞いたあと、行きつけの惣菜屋を再び訪れたモウは、そこで新人店員のフェイ(フェイ・ウォン)と出会う。映画の第2部は、フェイが常連客の警官663号(トニー・レオン)に恋し、彼のいない自宅に通いつめる物語。フェイがモウにぶつかり、ママス&パパス「夢のカリフォルニア」が流れ、物語がつながる瞬間の鮮やかさは本作の白眉のひとつだ。


 モウと同じく、警官663号も恋人を失った身である。CA(キャビンアテンダント)の恋人は、警官663号の自宅に帰らなくなり、惣菜屋に手紙と自宅の合鍵を預けた。フェイはそれらを渡そうとするが、警官663号は受け取らない。その後、フェイは鍵を自分のものにすると、警官663号の自宅に忍び込む。部屋を掃除し、模様替えをし、水槽の魚を増やし、元彼女からの留守電を削除して、秘密の生活をはじめるのだ。


 フェイは警官663号と店先で言葉を交わす時も、路上で顔を合わせる時も、自分の秘密を隠したまま話をする。「今貯金してるの。遊びに行くためよ、カリフォルニアとかね」。一方の警官663号は、恋人を失った悲しみから自宅の石鹸や雑巾、ぬいぐるみに話しかける日々を送っているが、大胆な部屋の変化にも気づかない。彼は自分の内面に強固な世界を形づくり、その中でだけ生きているかのようだ。


 そんな日々は唐突に終わる。警官663号は、フェイが自分の部屋にいるところを目撃するのだ。警官663号はフェイを責めず、むしろその夜、彼女をデートに誘う。しかし翌日、フェイは待ち合わせ場所のバー「カリフォルニア」に現れなかった。フェイは憧れていた“本物の”カリフォルニアに行くために店を辞めてしまったのだ。



『恋する惑星』© 1994, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.


 一年後、惣菜屋を譲り受けた警官663号の前に、CAの格好をしたフェイが現れる。一年前にフェイが置いていった手紙に書かれた搭乗券は、雨に濡れて行き先が読めなかった。「行き先を知らない?」と聞く警官663号に、フェイは「どこに行きたい?」と尋ね返す。警官663号は「君の行きたいところに」と答えた。


 第1部が〈期限〉と〈資本主義〉の情報を巧みに織り込んだ、恋愛と再生の物語だとすれば、第2部は、いわば〈外部〉への脱出をめぐる物語だ。第1部に比べると穏やかで平和な時間が流れるが、そこは変わらず中国への返還を控えた香港。その不安定な場所でフェイはカリフォルニアへ行くことを夢見ているし、もともと香港にとどまっていない元恋人のCAは、警官663号の世界を離陸し、別の男の世界に着陸する。


 いかにも堅物らしい警官663号は、自分の内面にこもり、最初は部屋の変化にさえ気づかない。プライベートな空間である部屋を変え、その内面に接近していくのは、〈外部〉からの侵入者であるフェイだ。自宅前で警官663号とフェイが鉢合わせし、〈外部〉を受け入れたことをきっかけに、彼は部屋の変化を察しはじめる。そして、フェイが香港の〈外部〉であるカリフォルニアに去った後、警官663号は元恋人と再会するが、そこに以前のような未練はなかった。


 映画の結末において、フェイが本当にCAになったのかどうかはわからない。しかし肝心なのは、再びフェイが警官663号を〈外部〉へ連れ出せるということだ。自分の内面にこもっていた男を、なかば無理やり〈外部〉に接触させてから一年後、フェイは男を香港の〈外部〉にも誘える状態になって戻ってきたのである。


 第1部の〈期限〉と〈資本主義〉が暗示する香港返還までのタイムリミットと、第2部の〈外部〉が想起させる脱出。共通するのは、土地に根を下ろした警官の男が、軽やかにこの場所を去る女性(金髪の女でさえ最後には姿を消す)によって、ある種救済される物語だということだ。旧来の倫理や道徳を象徴する人物が、かたやドラッグ・ディーラー、かたや家宅侵入者という非倫理的・非道徳的な存在に助けられるということでもある。ここに、あらかじめ決定されている未来に対する、予測不可能な揺さぶりと変化を待望する意志を見て取るのは、いささか穿ちすぎというものだろうか?



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