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『プライベート・ライアン』以前・以後。戦場描写に革命を起こしたスピルバーグ
2018.03.21
様々な撮影手法が駆使された「オマハ・ビーチの戦い」
スピルバーグはそんな自身のアプローチを説得力のあるものにするよう、劇中における戦闘シーンを現実と見紛うほどリアルに写し撮っている。特に冒頭の、連合国軍のノルマンディ上陸作戦の中でも苛烈を極めた「オマハ・ビーチの戦い」の再現は、その凄惨さに誰もが目を覆いたくなるだろう。重武装が仇となって溺死する兵士や、ドイツ軍の爆撃によって手足をもがれる兵士、真っ赤な波打ち際で折り重なる死体の数々etc--。これまでの戦争映画における同上陸作戦は、連合国の圧倒的な兵力投入によって悠然と勝利したように描かれてきた。しかしスピルバーグはそんな勝利の裏にあった虐殺行為に目を向け、戦いを正当化することを拒んでいる。
しかし、そのためにスピルバーグが用いた撮影方法は『 ジュラシック・パーク』のような最新の視覚効果とは真逆ともいえるローテクなスタイルを主とし、オマハ・ビーチのカオスに観客の視覚を同化させたのである。ズームやスローモーションといったカメラ機能がもたらす効果を排し、40年代の記録映像のように手持ちカメラを徹底させることで、戦争という物理的な実体を明確に、そして即物的に捉えている。
またスピルバーグは、スタッフや俳優に演出プランを共有させるための、絵コンテやストーリーボードといった手段を用いずに撮影している。その効果は「混乱を混乱のままに捉える」という意図を放ち、まさにドキュメンタリーを標榜とした方法論といっても過言ではない。
『プライベート・ライアン』TM & (C)1998 PARAMOUNT PICTURES and DREAMWORKS LLC and AMBLIN ENTERTAINMENT. ALL RIGHTS RESERVED.TM & (C) 2013 Paramount Pictures and DW Studios L.L.C. and Amblin Entertainment. All Rights Reserved.
そんなスピルバーグの施策を技術的にフォローしたのが、撮影監督ヤヌス・カミンスキーである。今やスピルバーグの専属的シネマトグラファーとして周知されているが、ナチスの脅威から1,300人のユダヤ人を救った男の伝記『 シンドラーのリスト』(94)を起点に、スピルバーグ映画の撮影スタイルの傾向を変えた重要人物だ。
本作においてカミンスキーは、レンズから保護コーティングを取り払った特別仕様のカメラを用い、光の射し込みや、血の飛沫や水しぶきが直接画面にかかる現場感を創出している。そしてもうひとつは、ムービーカメラのシャッター開角を平均の180度から45度に絞ることで、モーションブラー(撮影で生じる被写体のブレ)の発現を抑え 独特のカクカクした映像を生み出している。これによってもたらされるストロボ効果は、まぶたの痙攣にも似たパニック障害を疑似再現し、本作を観た退役軍人にフラッシュバックをもたらすほどの迫真性を発揮したのだ。