映像と音楽のケミストリー
物語の時代設定は1988年10月。ほぼイギリスとオーストラリアのロックバンドによる80年代のヒット曲で固めたBGMは、単なるノスタルジーではなく、歌詞の内容と曲調がシーンに馴染む秀逸なセレクションだ。その中でも特に、 ティアーズ・フォー・フィアーズの2曲をめぐるエピソードを紹介したい。
まず、序盤でドニーがスクールバスで登校してから、バトンのように受け渡される視線を長回しのカメラで追いかけ、主要な登場人物たちを手際よく紹介する音楽ビデオ風のシークエンス。ここで流れる『Head Over Heels』(1985年)の歌詞には、以下のようなフレーズが含まれる。
Something happens and I'm head over heels(何かが起きて 僕は恋に落ちる)
I made a fire and watching burn(火をつけて 燃えるのを見ている)
It's hard to be a man(大人になるのは難しい)
When there's a gun in your hand(手に銃があるなら)
そう、ここから先のストーリーで起きることを予言するような詞がちりばめられているのだ。しかし撮影が始まった頃、ケリー監督の意向に反してプロデューサーたちは楽曲使用料の高さを理由に却下しようとした。そこでケリーは編集者に大急ぎでこのシークエンスを作らせ、製作陣を説得する。彼らが出来の良さを見て考えを改め、ティアーズ・フォー・フィアーズに映像を送ったところ、バンド側は大喜び。さらに『Mad World』(1983年)をカバーする権利も与えてくれた。
その『Mad World』は、エンディング近くの印象的なモンタージュのバックで流れる。ここでの歌詞も示唆的だ。
Hide my head I want to drown my sorrow(頭を隠して 悲しみを紛らせたい)
No tomorrow, no tomorrow(明日は来ない 未来なんてない)
The dreams in which I'm dying(僕が死ぬ夢)
Are the best I've ever had(今まで見た中で最高)
ただしこちらは、映画のオリジナルスコアも担当したマイケル・アンドリュースが編曲し、彼の幼馴染みのゲイリー・ジュールズが歌っている。ケリー監督は、ギターやドラムを使わずピアノ主体でアレンジするよう求めた。その結果、シンセとリズムトラックが入ってポップ色の強いティアーズ・フォー・フィアーズのオリジナルに比べて、カバーバージョンはより穏やかで感傷的になり、終盤にふさわしい雰囲気となっている。