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『ラストナイト・イン・ソーホー』ノスタルジーの暗部をえぐる、エドガー・ライト渾身の青春ホラー
2021.12.11
ふたりのミューズ
『ラストナイト・イン・ソーホー』について、まず特筆しておきたいのは、ダブル主演を務めるトーマシン・マッケンジーとアニャ・テイラー=ジョイの魅力だ。エロイーズ役のトーマシンは、役柄と同じく18歳当時に撮影に臨み、夢を追いかける純朴な主人公を体現する。『足跡をかき消して』(18)『ジョジョ・ラビット』(19)にみられた透明感は、仄暗いソーホーの街並みにもよく映えた。
一方、サンディ役のアニャ・テイラー=ジョイは、いまやホラー映画の新女王ともいうべきキャリアを築きつつあるが、本作では典型的なホラー映画のヒロイン像を逸脱する役回りを、軽やかにこなしている。サンディの真実は物語が進むにつれて紐解かれていくが、俳優自身のきらめきと人物像の複雑さを巧みに同居させる姿は若きスターとしての風格を感じさせる。トーマシンとの好対照は映画そのものを駆動させるエネルギーだ。
『ラストナイト・イン・ソーホー』© 2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED
眩しいほどの希望と期待感をもちながら、ロンドンの街に隠された闇に触れるエロイーズ。欲望渦巻く歓楽街で、闇を背負いながら光を目指すサンディ。ふたりの主人公は、いわばこの映画における光と影だ。トーマシンとアニャは、それぞれの初登場からラストシーンまで、おそらくこのときにしかありえなかったであろう(少なくともそう思わせる)瑞々しさをスクリーンににじませる。
確かめておきたいのは、この映画がホラー/スリラーである以前に、夢見る少女の青春物語であるということだ。トーマシン&アニャの瑞々しさは、そのままエロイーズとサンディの純粋さを、大切な時間を、そしてもはや帰らないひとときを象徴するかのよう。現代を生きるエロイーズと60年代に奮闘するサンディ、エドガー・ライトは両者の魅力を存分に引き出すことによって、“その街で失われたもの”を示唆してみせる。