2021.12.17
『アルマゲドン』的な希望を信じられない時代に
レオナルド・ディカプリオ扮するミンディ博士と、ジェニファー・ローレンス扮するディビアスキーがたどる道のりはあまりにも厳しい。大統領に面会するや、キャリアや学歴をバカにされて研究を軽んじられる。テレビ番組に出れば、メディアの要求する「明るく、楽しく」に従わない限りまともに話を聞いてもらえない。生放送でヘマをすれば、たちまちミーム化されてSNSでオモチャにされる。
また、ふたりがどうにか意見を絞り出したところで、SNSのエンゲージメントやバズが判断基準になり、ユーザーの食いつきが悪ければ科学的根拠や情報の価値は問題にされない(劇中ではニューヨーク・タイムズを思わせる新聞社がこれをやってのける)。しかも、企業と政府、メディアの癒着関係や業界構造が話をややこしくする。こうした問題が積み重なった結果、地球に向かっている彗星の軌道修正はなかなか実現されない。
『ドント・ルック・アップ』NIKO TAVERNISE/NETFLIX
ここまでは物語のごく一部にすぎないが、マッケイがいかに現実を正確にスケッチしようと試みたかは明らかだろう。政治による科学の軽視、大きな危機を直視せずに事態を甘く見る態度はドナルド・トランプ政権で現実にあったことだ。また、あらゆる事柄が実際の価値ではなく「バズること」「利益を生むこと」に回収されるのも、日本を含む世界中の政治的・文化的局面のあちこちで起きていること。“バズればいい、売れればいい、文句をつけるな”というような言説は、残念ながらいまや珍しいものではなくなった。
ここにマッケイは、テクノロジー企業の台頭や専門家のスター化、政治家や著名人のスキャンダルといった現代のイシューを縦横無尽に織り合わせていく。SNSやそこに耽溺する人々への冷ややかな視線は終始一貫しているし、メリル・ストリープ演じる大統領はドナルド・トランプ的であり、ビル・クリントン的であり、またジョージ・W・ブッシュ的でもある(ジョナ・ヒル演じる息子との親子関係も含めて注視しておきたい)。
『ドント・ルック・アップ』NIKO TAVERNISE/NETFLIX
さらに、本作は“セレブリティの功罪”というテーマにも挑んでいる。スターは重大な問題から目をそらさせる装置にも、問題そのもののアイコンにもなるということだ。ポップスター、アリアナ・グランデのキャスティングはその意味で極めて重層的だし、カメオ出演したクリス・エヴァンスの役どころも、彼がキャプテン・アメリカ役で知られる俳優であることや、本人の政治的な立ち位置を踏まえれば非常にアイロニカル。そのほか、いまや一種のスターとなったグレタ・トゥーンベリ、あるいはBTSまで視野に入れたような作劇と演出も見逃せない。
すなわち本作は、現在の社会をありのままに切り取った、全方位に対して攻撃的なコメディなのだ。マッケイ自身も十分に認識していたと思われるが、その光景はリアルすぎてもはや笑うに笑えないもの。それらが人類の終末が近づくさなかの“空騒ぎ”として演出されることで、あまりにも空虚な現実がそのまま炙り出されてくる。ここには『アルマゲドン』(98)のような勝利への期待も、また“強いアメリカ”や世界の団結に対する希望もない。