2021.12.17
コロナ禍は彗星激突よりも奇なり
かつてマッケイが手がけた『マネー・ショート』や『バイス』は、実際の出来事を通じて現代社会を模索しようとした映画だった。しかし『ドント・ルック・アップ』は、あくまでも虚構を貫徹することによって、もはや模索しようもないほどペラペラの現実を浮かび上がらせる。劇中で描かれる出来事に、2020年以降の新型コロナウイルス禍を重ねる観客も少なくないだろう。
もっとも、マッケイが本作の企画を始めたのはコロナ禍以前の2019年のこと。気候変動(地球温暖化)をテーマとする映画を撮りたいと考えていたマッケイは、いくつものアイデアを考えたが、どれも実現には及ばず、この『ドント・ルック・アップ』に至ったのだという。
マッケイはコロナ禍の以前から脚本の執筆を始めていたが、パンデミックの影響で書き直しを強いられたことを明かしている。「彗星の否定は(映画より)現実のほうが10倍ひどいことがコロナ禍でわかった。彗星で減税が起こると書いたら、本当にトランプがコロナで減税をやった」とは監督の談。まったく意図しない形で現実が脚本に追いついてしまったために、よりコメディらしく、バカバカしく書き直す必要が生じたという。本作が現実をありのままに写し取る作品になったのは、結果的にはコロナ禍の影響も大きかったということだろう。
『ドント・ルック・アップ』NIKO TAVERNISE/NETFLIX
また余談だが、マッケイは、コロナ禍で脚本を執筆したことがこれほどのオールスターキャストを揃えることに繋がったことも認めている。「私たちが生きる、このひどい時代を描いた脚本です。多くの俳優がこういう本を求めていたのでしょう。右派であれ左派であれ、私たちはみんなこの混沌に足止めを食らっていたんだから」との言葉通り、出演者は他の映画ではなかなか観られないようなのびのびとした演技を披露した。
本作は現実の社会をあまりにダイレクトに描いているため、過去のアダム・マッケイ作品に比べて「風刺が分かり易すぎる」との指摘もある。しかしコメディの名手であり、実話の鮮やかな調理を得意とするマッケイが、これほど直接的に、てらいなく現実を描かざるをえなかったこと、そのために“笑うに笑えないコメディ”というスタイルを取っていることが、現実世界の緊迫した状況を示しているはずだ。
ちなみに劇中、ミンディとディビアスキーが彗星の接近を訴えて「ジャスト・ルック・アップ(空を見上げろ)」運動に出るかたわら、政治家たちや反対派は「ドント・ルック・アップ(空を見上げるな)」というフレーズで反撃する。彗星が飛んでくる空という、まぎれもない現実を見上げない人々は、その代わり、いったい何に目を落としているのか? ある意味では本作が、“いつでも、どこでも映像を観られる”Netflixで配信されることこそ、もしやアダム・マッケイの仕掛けた最大のアイロニーではないか……そんなふうにも思ってしまうのである。
[参考文献]
・Adam McKay Has Become the Grown-Up in the Room. He's as Surprised as You Are – GQ
・A Comedy Nails the Media Apocalypse – The New York Times
文:稲垣貴俊
ライター/編集/ドラマトゥルク。映画・ドラマ・コミック・演劇・美術など領域を横断して執筆活動を展開。映画『TENET テネット』『ジョーカー』など劇場用プログラム寄稿、ウェブメディア編集、展覧会図録編集、ラジオ出演ほか。主な舞台作品に、PARCOプロデュース『藪原検校』トライストーン・エンタテイメント『少女仮面』ドラマトゥルク、木ノ下歌舞伎『東海道四谷怪談―通し上演―』『三人吉三』『勧進帳』補綴助手、KUNIO『グリークス』文芸。
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一部劇場にて12月10日(金)公開
12月24日(金)よりNetflixにて全世界独占配信開始