(C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.
『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』故きをたずね、新しきを知る。ウェス・アンダーソンが魅せた作家性の再構築
フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊
2022.01.26
失われゆく雑誌文化への哀悼
『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』は、誤解を恐れずに言えば非常に複雑で難解な作品でもある。20世紀のフランスの文化・歴史・社会に対する前提条件がなければついていけない部分もあり、かつオムニバス形式のため、一つひとつのエピソードの情報量・密度が濃い。画的にもこれまでの作品に比べて遊び倒しており、シンプルさとは程遠い内容だ。そのため、観客それぞれで受け取り方の深度にバラつきが生まれてしまう。
しかしそれはある意味で必然ともいえ、裏返してみれば本作は、ウェス・アンダーソン監督がいままでとは異なるアプローチをフルで試した作品でもあるということ。この先のウェス監督の可能性、その広がりがこれでもかと詰め込まれている。これまでに述べた構成やモノクロにおいてもそうだし、空間演出においてもそう。
ウェス・アンダーソン監督の作品はこれまでX軸(縦)とY軸(横)で画面構成を行っているパターンが基本だったが、本作では「筆が画面に向かって飛んでくる」ような演出が取り入れられており、Z軸の動き――つまり“立体化”が感じられる。ティモシー・シャラメ演じる学生がバイクに乗ってデモの渦中に突っ込んでいくシーンなども、強く奥行きを意識したものになっており、新鮮に感じられるのではないか。
『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』(C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.
だが、本作がとっ散らかっているかといえば、そんなことは全くない。つながらなかった別個の物語が、「これだけ多様なテイストの物語が収まっている場」としての雑誌の存在意義を描きだす。それがラストのエピソードで結束しだす展開は、実に見事。そしてここにきて、「映画で雑誌を表現する」今回のコンセプトがまばゆく輝きだすのだ。
1冊の中に、芸術も政治も、評論にルポルタージュ、エッセイも漫画も何もかもが詰め込まれている。それこそが、雑誌というメディアが持つ無二の魅力なのではないだろうか。だからこそ、「雑誌が廃刊する」という本作の前提であり帰結でもある展開には、切なさと暖かさを感じずにはいられない。20世紀のフランスを舞台に、過去の文化的遺産を掘り起こした『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』には、ネット社会において失われていく雑誌への哀悼の意も込められている。
ただ、ウェス監督がそこで終わることはない。先達への労いを果たした“その先”を目指す気概が、本作にはみなぎっている。過去への愛情に満ち溢れたこの作品で、彼が魅せた野心的なアプローチの数々には、故きをたずね新しきを知る――そんな“宣言”の意も込められているように思えてならない。
取材・文:SYO
1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライター/編集者に。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」 「シネマカフェ」 「装苑」「FRIDAYデジタル」「CREA」「BRUTUS」等に寄稿。Twitter「syocinema」
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『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
2022年1月28日(金) 全国公開
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(C) 2021 20th Century Studios. All rights reserved.