(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
『ウエスト・サイド・ストーリー』名作の復活にあたり、スピルバーグは何を守り、何をアップデートしたのか
2022.02.11
アメリカではスペイン語のセリフに字幕ナシ
そして今回の『ウエスト・サイド・ストーリー』で最も注力されたのが、人種およびジェンダーの描き方だ。オリジナル版から登場し、ジェッツに入りたがっているエニーボディズという女性キャラクターは、明らかに「男性になりたい」意思に溢れており、今回その役がトランスジェンダーであるアイリス・メナスという俳優に託された。LGBTQ+の役を当事者ではない俳優が演じることへの議論も起こるアメリカで、この選択は時代の流れを反映したものと言える。ただ、このジェンダーのトピックは、それ以上に深く切り込まれることはなかった。オリジナルの展開を逸脱するリスクもあったからだろう。
一方でこの作品の中心テーマである人種問題に関しては、プエルトリコ系のキャラクターたちをリアルに描くために、スペイン語の分量が大幅に増やされた。使用された楽曲はオリジナルから変わっていないものの、そこに1曲だけ新たに追加された「ラ・ボリンケーニャ(La Borinquena)」が、スペイン語の曲である。1868年、プエルトリコ独立のために歌われた曲で、当時法律で歌うことを禁じられた。それをシャークスの面々が歌うことで、プエルトリコへの愛国精神が強烈に表現されたのだ。
『ウエスト・サイド・ストーリー』(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
こうしたプエルトリコに関する描写について、スピルバーグ監督ら製作陣は、NYに暮らすプエルトリコの専門家に詳しいアドバイスを求めている。シャークスのベルナルド役、デヴィッド・アルヴァレスはキューバ系、アニータのアリアナ・デボーズの父はプエルトリコ系、そしてベルナルドの妹、マリアのレイチェル・ゼグラーは母がコロンビア人と、キャストの血統にもこだわった。
1961年の映画にもスペイン語は出てきていたが、今回の量はその比ではない。驚くのは、アメリカでの公開時、このスペイン語に英語字幕がつかなかったことである。アメリカに限らず、現地の言語に混じった外国語のセリフには字幕がつけられるのが常識。しかし『ウエスト・サイド・ストーリー』の製作陣は、それを拒んだ。つまり、そこに暮らす人々の言葉を、そのまま受け止めてほしいからだ。もし意味がわからない箇所があっても、それがリアル、というわけである。
『ウエスト・サイド・ストーリー』(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
当初、日本で公開されるバージョンにも製作陣から「スペイン語のセリフは字幕なしで」という注文が出されたという。しかし、ウォルト・ディズニー・ジャパンは、さすがに日本人には意味のわからない部分が多くなるという判断から、交渉の末にスペイン語のセリフのほとんどに日本語字幕がついて公開されることになった。アメリカでは、ある程度、スペイン語が日常に耳に入る機会もあるが、日本ではめったにないからである。
人種の描き方にこのような細かい配慮がなされたのも、オリジナルが誕生してから60年以上たった今も、世界における「分断」はなくならず、いやむしろ深くなっているという現実を、スピルバーグが訴えたかったからだろう。本来なら、もっと多くの部分でアップデートされるべき名作だが、元のままで現在の観客に伝えることが重要だった。それだけ世界は「学んでいない」ことを、『ウエスト・サイド・ストーリー』は証明する。
取材・文:斉藤博昭
1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。
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『ウエスト・サイド・ストーリー』
2022年2月11日(祝・金)全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.