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『ラッキー』90歳の名優、ハリー・ディーン・スタントンの佇まいが教えてくれるもの

『ラッキー』90歳の名優、ハリー・ディーン・スタントンの佇まいが教えてくれるもの

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〈nothing〉=空(くう)



 十年一日の如く、同じルーティンを繰り返す日々を送る老人ラッキー。そんな彼にある日、劇的な変化が訪れる。めまいを起こし不意に倒れてしまったことで、突如として「死」が差し迫った現実としてのしかかり始めるのだ。1か月後、いや数日後にも自分は死んでしまうかもしれない・・・。


 「秘密を聞いてくれる?誰にも言わないでくれるか。怖いんだ」。劇中でラッキーは行きつけのカフェのウェイトレスにそうもらす。




 死への戸惑いと恐怖、それに折り合いをつけるまでの1週間が『ラッキー』のストーリーだ。何とか死の恐怖を振り払おうとするが、それはかなわない。焦燥感がつのり、孫ほども年が離れた弁護士に喧嘩をふっかけ、バーで禁じられているタバコをやけくそになって吸おうとする。そして、ラッキーは友人たちにこう宣言する。


 「すべてはなくなるってこと。君もお前もあんたも俺も、タバコも何もかも、まっくらな「空(くう)」へ。管理者などいない。そこにあるのは無だけ。空だよ。無あるのみ。」


 これだけ聞くと、とても厭世的で悲観的なニヒリストの泣き言のようだ。しかし、友人の「じゃあどうするんだ?」という問いかけにラッキーは優しくこう答える「ただ微笑むのさ」。これは、スタントン自身が深く傾倒する仏教思想だ。仏教で最も重要な概念の一つとされる「空(くう)」こそがスタントンのいう「nothing」なのだろう。般若心経の中の有名な一説「色即是空 空即是色(しきそくぜくう くうそくぜしき)」。これを現代語に訳すと次のようになるという。


 「形あるものは空であり、空であるからこそ形をつくっている。形ある存在とは実体がないのであって、実体がないからこそ形ある存在となる」


 「空」=「nothing」という言葉を、あいさつ代わりにしていたスタントンの思いはどこにあったのか。想像することはできる。人は年をとり、やがて無=「死」に帰すが、その無からまた何かが生まれる。有ることと無いこと=生と死は表裏一体なのだ。死に抗うことは無意味だ。ただ我々は微笑んですべてを受け入れ、「nothing」=「ろくでなし」として生きていこう。スタントンはそう説いているように思える。


 では人は座して死を待てば良いというのか。もちろんそうではない。その答えも作品中でスタントンは我々に指し示してくれる。「歩く」ことだ。


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