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『天使の涙』過渡期のウォン・カーウァイが描く性と死、『恋する惑星』姉妹編

©1995, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.

『天使の涙』過渡期のウォン・カーウァイが描く性と死、『恋する惑星』姉妹編

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『天使の涙』あらすじ

殺し屋の男と、彼に電話越しで仕事を斡旋するエージェントの女。重慶大厦にあるひとつの部屋を交互に訪れるふたりは、仕事に私情を持ち込まず、顔を合わせることなく淡々と仕事を進めていたはずだった。しかし、エージェントの女は殺し屋への思いを抑えきれない。その一方、殺し屋は金髪の女と一夜を共にする。かたや、重慶大厦の管理人の息子・モウは、父親と二人暮らしをしながら、夜になると閉店した他人の店を使って勝手に商売をしていた。口が不自由で、思うように言葉を話せないモウは、商品やサービスを暴力的に売りつける日々を送っている。そんなある日、失恋したばかりの女に出会う。香港を舞台に、5人の男女の物語が交錯する。



 映画監督ウォン・カーウァイの出世作にして、キャリア最高傑作との声もいまだ聞かれる『恋する惑星』(94)。前半と後半の2部構成で描かれたラブストーリーには、描かれざる“3つめの物語”があった……。映画『天使の涙』(95)は、もともと『恋する惑星』のエピソードとして構想されたストーリーを基にして生まれた、いわば同作の姉妹編である。


 かつてカーウァイは、『恋する惑星』と『天使の涙』を「自分にとっては(2作あわせて)3時間の映画。2本立てで観てほしい」と語った。この言葉通り、2本の映画はいわばコインの裏表。カーウァイが仕掛けた物語のギミックをじっくりと紐解いてみたい。


Index


都市の光と陰



 まずは『恋する惑星』を振り返るところから始めることにしよう(未見の方は『恋する惑星』を観てから『天使の涙』に進むのがよい)。同作の物語は、繁華街の巨大ビル・重慶大厦(チョンキン・マンション)を舞台に、失恋した刑事・モウ(金城武)とドラッグ・ディーラーの女性(ブリジット・リン)が出会う第1部、また惣菜屋「ミッドナイト・エクスプレス」の常連客である警官663号(トニー・レオン)と、彼に片思いをして自宅に忍び込む店員のフェイ(フェイ・ウォン)を描く第2部からなる。詳しくは拙稿「『恋する惑星』恋愛映画の傑作が切り取る、90年代前半の香港に流れた空気」をご一読いただければ幸いである。


 『恋する惑星』と同じく、『天使の涙』もふたつの物語から構成される恋愛群像劇だ。ひとつは殺し屋の男(レオン・ライ)と、彼に電話越しで仕事を斡旋するエージェントの女(ミシェル・リー)の物語。重慶大厦にあるひとつの部屋を交互に訪れるふたりは、仕事に私情を持ち込まず、顔を合わせることなく淡々と仕事を進めていたはずだった。しかし、女は男への思いを抑えきれない。その一方、殺し屋は金髪の女(カレン・モク)と一夜を共にする。


『天使の涙』©1995, 2008 Block 2 Pictures Inc. All Rights Reserved.


 かたや、重慶大厦の管理人の息子・モウ(金城武)は、父親と二人暮らしをしながら、夜になると閉店した他人の店を使って勝手に商売をしていた。口が不自由で、思うように言葉を話せないモウは、商品やサービスを暴力的に売りつける日々を送っている。そんなある日、失恋したばかりの女[以下「失恋女」](チャーリー・ヤン)に出会い……。


 『恋する惑星』が前半と後半でストーリーがくっきりと分かれる2部構成だったのに対し、『天使の涙』はふたつの物語が交錯する構成だ。『恋する惑星』の場合、第1部の主人公である刑事・モウが、第2部の舞台である惣菜屋を訪れるシーンによって物語が繋がった。『天使の涙』にこうした明確な繋ぎ目はないが、カーウァイは香港の風景を前景化させることで物語を繋ぐ。ふたつの物語は、同じ都市を同じ時代に生きている若者のスケッチなのだ。彼らはさまざまな理由によって、あらゆる交通手段を使いながら街中を移動し、ときにすれ違い、ときには同じ場所に居合わせることになる。


 カーウァイは『恋する惑星』も『天使の涙』も、ともに都市そのものが主人公だと公言している。「都市の光と陰、これが『天使の涙』を撮りたかった理由のひとつ」なのだと。〈光〉と〈陰〉というキーワードが象徴するように、本作は『恋する惑星』と同じモチーフを使いつつ、それらを劇中でことごとく反転させていく。





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