タイトルをめぐって
邦題の『ラブレス』は英題『Loveless』にならったものだが、プレスシートに解説文を寄せているロシア文学者の沼野充義氏によると、ロシア語の原題は「愛」を意味する単語に否定の接頭辞をつけた、いわば「非愛」とでも訳すべき言葉だという。ズビャギンツェフ自身も、「単に愛がない状態ではなく、むしろその対極」「英訳の“Loveless”というのも違う」と語っている。
『ラブレス』がふさわしくないなら、どんな邦題が考えられるだろう。『子、消える』ではどうか。これはもちろんデビュー作の邦題『父、帰る』をもじったものだが、内容的にもこれら2作品は対になる要素がいくつかあり、案外悪くないのではと勝手に思っている(『父、帰る』の内容には次回の寄稿で改めて触れたい)。
話を戻そう。確かに監督が言う通り、ボリスとジェーニャに愛がないわけではない。それぞれの恋人との愛に満ちたセックスが、ロシア映画にしては異例なほど直接的に、かつ美しく描写されている。現在のパートナーを愛するがゆえに、過去の判断ミスの産物である配偶者を憎むのか。あるいは、互いに憎み合うまでに至った結婚の失敗から逃れるため、別のパートナーとの愛を求めるのか。いずれにせよ、愛の対極にある家族が崩壊する過程を見つめる私たちは、夫婦の愛、男女の愛、親子の愛とは何だろう、と改めて考えさせられることになる。
『ラブレス』©2017 NON-STOP PRODUCTIONS – WHY NOT PRODUCTIONS
荒涼たる郊外の冬景色
物語の舞台となるのはモスクワの郊外。高層住宅が立ち並ぶ首都の住宅街にしては意外なほど、付近一帯に手つかずの林野が広がり、大きな川が流れている。季節は冬。葉を落とした木々に雪が降り積もり、その姿が静かな川面に映し出される印象的なオープニングは、ズビャギンツェフの長編作品すべてに関わる撮影監督ミハイル・クリチマンの手によるものだ。
ボリスの勤務先もジェーニャの美容サロンも都市部にあるはずだが、画面に映るのはオフィス内や店の中に限られ、都市の景観は意図的に排除されている。アパートの窓から見える郊外の冬景色、アレクセイが学校帰りに寄り道する林、ボランティアたちが捜索して回る原野や古い建物の廃墟が、美しくも冷ややかに映し出され、それが映画全体のトーンを支配する。
エフゲニー・ガルペリンによる音楽も、ピアノとストリングスを主体とし調性を抑えたミニマルなアレンジで構築され、冷徹な映像世界に整然と寄り添う。