© ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma
『パリ13区』ジャック・オディアールと二人の女性映画作家が描いたのは、正統派のロマンティック・コメディ
エイドリアン・トミネの原作からの大胆な改変
4人の恋愛劇の合間に、オランピアード地区の景色がときおり挿入される。1970年代の都市再開発によって生まれたこの地区は、高層マンションやビルが連なり、アジア系の移民が多く暮らす、多国籍な街だという。たしかに冒頭の集合住宅をはじめ、その無機質な光景は、私たちがさまざまなフランス映画の中で見てきた「美しきパリ」のイメージとはどこか違う。
元々この映画は、アメリカのグラフィック・ノベルから誕生した。原作は、日系アメリカ人4世のエイドリアン・トミネによる短編集「サマーブロンド」「キリング・アンド・ダイング」(共に長澤あかね訳、国書刊行会)に収録された3つの短編。人づきあいが苦手な台湾系アメリカ人の女性が主人公の「バカンスはハワイへ」。大学に入学した女性がポルノスターと間違われる「アンバー・スウィート」。スタンダップ・コメディアンを目指す娘と父の不器用な交流を描いた「キリング・アンド・ダイング」。この3つ目の物語は、カミーユとエポニーヌ(カミーユ・レオン=フュシアン)の兄妹の話に変容される。
『パリ13区』© ShannaBesson ©PAGE 114 - France 2 Cinéma
作品内では明らかにされないが、「キリング・アンド・ダイング」のすべての話がカリフォルニアを舞台であることは、トミネ自身が認めている。また「サマーブロンド」に収録された作家の川崎大助による解説を読むと、トミネの作品の大半は、作家が長年暮らしたサンフランシスコのベイエリアを背景としており、その地理が作品を理解するうえで重要なのだという。
原作の持つ地理性の重要さを考えれば、舞台をカリフォルニアからパリに置き換えるのは大きな冒険だったはず。一軒家と自家用車の生活から、集合住宅と地下鉄移動への変化は大きい。しかしだからこそオランピアード地区が選ばれたともいえる。歴史的建造物が少なく、いわゆるパリらしい風景に欠けたこの地区は、カリフォルニアからもパリからも離れた、どこでもない場所となりうる。原作と映画との間の隔たりを埋めるにはぴったりの街というわけだ。モノクロの選択もそのためだろう。