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『白いドレスの女』自立してスマート、それまでの流れを変えた80年代悪女映画

(c)Photofest / Getty Images

『白いドレスの女』自立してスマート、それまでの流れを変えた80年代悪女映画

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80年代の顔だったウィリアム・ハート



 いま、映画を再見して残念に思えるのは、主人公のネッド・ラシーンを演じたウィリアム・ハートがすでに故人となったこと。22年3月13日にこの世を去った。享年71。ちょっと早すぎる死に思えた。ケン・ラッセル監督の『アルタード・ステイツ/未知への挑戦』(80)で注目のデビューを飾り、『白いドレスの女』が3本目の主演作。BDの特典映像によれば、映画全体の構成にほれ込み出演を決意したそうだ。また、その後カスダン監督とは意気投合して、グレン・クローズやケヴィン・クライン共演の『再会の時』、再びキャスリーン・ターナーと共演となった『偶然の旅行者』でも組んでいる。


 カスダン監督はハートやケヴィン・クラインのように、ニューヨークの舞台で活躍していた知的なタイプの男優と相性がよく、クラインとは『再会の時』以外に『わが街』(91)でも組んだ。80年代に“ヤッピー”と呼ばれた、知的で社会的には成功した人物たちが内に抱える葛藤を描くことが得意な監督だった。当時の映画の流れの中で見ると、『白いドレスの女』は知的なヤッピーが魅力的な女性と運命の出会いを果たすことで、迷路に入り込んでしまう物語、と考えることもできるのだろう。


 ハート自身は、生前4回のオスカー候補となり、『蜘蛛女のキス』(85)ではアカデミー主演男優賞を獲得。自分の世界に閉じこもり、時には破滅し時にはそこから抜け出す。そんな役を得意とする俳優だった。


 80年代は演技賞の常連ともいえる人気男優のひとりで、当時はアメリカの雑誌の表紙を何度も飾り、86年10月号の<エスクワイア>で表紙になった時は、「知的なアピールができる男優」というコピーをもらっていた。


 90年代はウェイン・ワン監督の代表作『スモーク』(95)の作家役で、好演を見せていたが、近年は代表作と呼べる主演作は残していない。(死の前年には『ブラック・ウィドウ』(21)にも出演している。


『白いドレスの女』(c)Photofest / Getty Images

 

『白いドレスの女』に関してハートは、「音楽や編集もすばらしくて、カスダンは人の能力を見抜く力があったと思う」とBDのインタビューの中で振り返っている。監督によると、官能的な場面が多いので、あえて女性の映像編集者(キャロル・リトルトン)を起用したという。そうすることで、男の幻想を投影した場面になることを避け、女性の視点も意識した官能描写を心がけたようだこうした先駆的な要素があるから、この映画は女性が見ても、どこか痛快に思える作品になっているのだろう。


 リトルトンの編集だけではなく、夜の街の官能性をとらえたリチャード・H・クラインの陰影のある撮影や映画音楽界の大御所、ジョン・バリーのムーディな音楽も印象的だ。ロニー・ラングのサックスをフィーチャーしたテーマ曲は、007のテーマなどで知られるバリーの隠れた名曲ではないだろうか。男と女の官能性や感情の高鳴りを、けだるい雰囲気のサウンドで表現している。BDに収録されたインタビューによると、脚本を読んでバリーの頭にはすぐに音楽が浮かんだという。バリーは、30~40年代のハンフリー・ボガートなどのフィルム・ノワールの映画を意識したジャズ・バラードを、この映画のために書き上げた。映画を見終わるとそのテーマ曲がいつまでも頭から離れない。


 80年代初頭は新しい才能だったカスダン、舞台で仕事をしていた新鋭のハートやターナーの現代的な魅力、そして、撮影、編集、音楽といったスタッフの充実した仕事ぶり。さまざまな要素がパズルのピースのように揃うことで、『白いドレスの女』は80年代を代表する悪女映画の1本となった。



文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



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