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『冬物語』エリック・ロメールが描き出す、偶然への賛歌

©1991 Les Films du Losange

『冬物語』エリック・ロメールが描き出す、偶然への賛歌

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信仰と偶然



 フェリシーはシャルルとの間にできた娘を生むことを迷わなかった。それは彼女の言葉でいうところの宗教的な信条ではなく、内的な信条だ。フェリシーはシャルルと再会する日を信じている。彼女は自分の実人生よりも、シャルルと再会するという「物語」を信じているのかもしれない。それは信仰に似ている。実人生は彼女の外側にあり、物語は彼女の内側にある。シャルルという信仰対象の不在は、彼女の内なる信仰の強度を気づかない内に補強していく。


 そして人は最善の解決策が頭では分かっていても、必ずしもそれを選ぶとは限らない。最善策とされるものが本人のためになるかどうかも分からない。ゆえに書物から学んだ「外側の知識」に固められたロイックの言葉はフェリシーには響かない。むしろロイックの方が彼女から多くのことを学んでいるようだ。前世は恋人ではなく弟だとフェリシーに言われたとき、ロイックの表情には寂しさや諦念だけでなく、どこか親密な安らぎが滲んでいる。


 フェリシーの言葉でいうところの、二秒でマクサンスとの同棲を決め、二秒で別れを決めた彼女は実家に戻り、ロイックを訪ねる。マクサンスと同棲する部屋の壁には小さな妖精のオブジェが飾られていた。妖精の飾りはフェリシーのイメージと韻を踏んでいる。妖精のように気まぐれに動き回るフェリシー。それでも彼女は内に秘めた信念に対していつも忠実に行動している。フェリシーは瞬間瞬間をまるで詩人のように生きている。ロイックも母親もそんな彼女を愛している。


 「パリが小さな村であるかのように、まったく自然に”こんにちは”と挨拶します。映画ではよくあることです。(中略)あり得ないことではなく、偶然の一致なのです」(エリック・ロメール)*2


 パリがまるで小さな村であるかのように物語は動き始める。本作のラストがフェリシーのこれからの幸せを約束するものかどうかは分からない。それは儚い幸せなのかもしれない。しかし瞬間を正直に生きてきたフェリシーの溢れる思いは、一部始終を目撃した小さな娘エリスの涙として転移されていく。エリスの流す涙は彫像の流す涙に似ている。物語を信じ続けた者だけに起きる偶然への賛歌。フェリシーの物語は、フェリシーの詩と呼ぶ以外の何物でもないものへと継承されたのだ。


*1 『美の味わい』(エリック・ロメール著 梅本洋一・武田潔訳/勁草書房)

*2 『Eric Rohmer Interviews』(Fiona Hadyside編)



文:宮代大嗣(maplecat-eve)

映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。



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作品情報を見る



エリック・ロメール監督特集上映 四季の物語 デジタルリマスター版

5月13日(金)〜6月2日(木)、ヒューマントラスシネマ渋谷にて開催

©1991 Les Films du Losange

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