愛すべき登場人物たちと、キャスティングの妙
先述のアレクサンドラ・ボルベーイが扮するのは、ブダペスト郊外の食肉処理場に代理の検査員として派遣されてきたマーリア。和気あいあいとした職場で、彼女はひとり浮いている。愛称で呼んでいいかと尋ねられると、居心地が悪いからと拒む。社員食堂で当たり障りのないメニューの話題を振ってきた初対面の上司に、「あなたは片腕が不自由だから、それが食べやすいのですね」と配慮ゼロの指摘。彼女の表情はほとんど揺れ動かない。森の奥でひっそりと湧き出る泉の静かな水面のように。
マーリアは几帳面で杓子定規。テーブルのパンくず、キッチン台の水濡れはきちんとふき取らないと気が済まない。牛肉の脂肪のつき方を検査して、規定より2ミリ厚いから、と等級を「B」に下げる。
脚本も兼ねるエニェディ監督は、「リアルな唯一のマーリア」を見つけるまで5カ月探し続けた。知性と無垢が同居する顔立ち、光が透き通る明るい金髪、職場での白のアウトフィットがよく似合う色白の肌を持つボルベーイには、なるほど彼女以外は考えられないと納得させる独特の魅力がある。
さて、マーリアから左腕の障害を指摘されたのが、もうひとりの主人公エンドレだ。離れて暮らす娘がいるが、妻とは死別したか離婚したかで、わびしい独居生活の中年。しかし職場では有能で人望もあり、従業員から寄せられた苦情を嫌な顔せず処理し、トラブルが起きると角を立てず穏便に済ませる柔軟さも持つ。
『心と体と』2017 (C) INFORG - M&M FILM
エンドレ役のゲーザ・モルチャーニは、驚くことにこれが演技初体験。本業は本業はドラマトゥルク(演劇カンパニーにおいて戯曲のリサーチや作品制作に関わる役職)、翻訳者、編集者で、その存在感とたたずまいが監督に買われて抜擢された。孤独な生活を受け入れ、諦念をにじませる表情がいい。マーリアとのぎこちないやり取りでは、自然なリアクションが気まずい雰囲気のリアルなおかしみを生む。エニェディの目論見が見事に当たっている。
中心の2人以外にも、トラブルが起きた職場で精神衛生面の聞き取り調査をする、ジェニファー・ローレンスを一層肉感的にしたような精神分析医や、マーリアに女子力向上のアドバイスをする掃除人の老婦など、興味をそそる登場人物たちがからんでくる。こうした愛すべき脇役たちとのやり取りを通じて、マーリアとエンドレのキャラクターもより立体的になっていく。