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『リコリス・ピザ』若すぎて何が悪い?ロマンチックで何が悪い?
サマーガール
ポール・トーマス・アンダーソンはハイムのPVをこれまでに多数手掛けている。フレームの隅から隅まで細心の注意が払われたような、ポール・トーマス・アンダーソンらしさ溢れるミュージカル風の作品もあれば、ラフスケッチのように撮られた作品もある。ポール・トーマス・アンダーソンと共に『リコリス・ピザ』の撮影監督としてクレジットされているマイケル・バウマンによると、映画に応用できるような技術をPVで実験することもあるという。
ハイムの傑作PV「Summer Girl」や「Now I'm in It」には、『リコリス・ピザ』のサンフェルナンド・バレーにつながるようなストリートの風景が切り取られている。ストリートを歩く姉妹のショットに切り替わったときのハッとするような画面の充実度は、『リコリス・ピザ』の撮影にも受け継がれている。アラナ・ハイムの長い髪はサンフェルナンド・バレーのストリートによく映える。
現在のポール・トーマス・アンダーソンは、演出の行き届いた撮影とラフスケッチとの間をこれまで以上に自由に行き来している。ゲイリーの俳優仲間ランス(スカイラー・ギソンド)を家に招くシーンでは、脚本の方向性の真逆をいくアラナ・ハイムのアドリブ演技がそのまま記録されている。ここではアラナ・ハイムの解釈により、「悔しくて泣く女」から「真正面から怒る女」へと、ヒロイン像が変更されている。「あなたのペニスはどんななの?」と唐突な言葉を放ってランスを追い払うアドリブ演技を見たポール・トーマス・アンダーソンは、感激のあまり涙ぐんでいたという。
HAIM「Summer Girl」
『リコリス・ピザ』はアラナ・ハイムなしでは成立しない映画だ。ポール・トーマス・アンダーソンは本作のヒロイン像をめぐってアラナ・ハイムの考えに打ち負かされることを望んでいたという。アラナというヒロインが闘士になっていく。アラナは現代のスクリューボール・ヒロインとしてポール・トーマス・アンダーソンの思い描くヒロイン像を超えていく。ここに「サマーガール」という名の闘士が誕生する。
「とても誇りに思っています。私のでたらめな話に耳を貸してはいけません。魔法にかけられたような瞬間でした」(ポール・トーマス・アンダーソン)*1