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『リコリス・ピザ』若すぎて何が悪い?ロマンチックで何が悪い?
『リコリス・ピザ』あらすじ
1970年代、ハリウッド近郊、サンフェルナンド・バレー。高校生のゲイリー・ヴァレンタイン(クーパー・ホフマン)は子役として活躍していた。アラナ・ケイン(アラナ・ハイム)は将来が見えぬまま、カメラマンアシスタントをしていた。ゲイリーは、高校の写真撮影のためにカメラマンアシスタントとしてやってきたアラナに一目惚れする。強引なゲイリーの誘いが功を奏し、食事をするふたり。将来になんの迷いもなく、自信満々のゲイリー。将来の夢は?何が好き?……ゲイリーの言葉にアラナは「分からない」と力なく答える。それでも、ふたりの距離は徐々に近づいていく。ゲイリーに勧められるままに女優のオーディションを受けたアラナはジャック・ホールデン(ショーン・ペン)というベテラン俳優と知り合い、映画監督のレックス・ブラウ(トム・ウェイツ)とテーブルを囲む。また、カリフォルニア市長選に出馬しているジョエル・ワックス(ベニー・サフディ)の選挙活動のボランティアを始める。
Index
トップギアのロマンス
「高校時代のロマンスは本物かどうか分からない。だがぼくたちの気持ちは本物だ」(『アメリカン・グラフィティ』)
はじめに言葉ありきではなく、はじめにアクションありき。若い二人が全力で走って、全力でぶつかって、全力でハグする。破天荒なくらいにロマンチック。『リコリス・ピザ』(21)において言葉や説明は後から追いかけてくるものだ。物語はいきなり始まる。学校の男子トイレで水道管が破裂する短いファーストシーン。この爆発こそが若い二人の衝動的なトーンを決定づけている。まるで疾走する愛を信じているかのように、二人はスクリーンを走って走って走り抜ける。はじめに全力疾走ありき。彼らの人生はいまこの瞬間にしかない。二人にとって疾走というアクションは、どんな言葉よりも先にある。
水道管が破裂するファーストシーンは本作のインスピレーション元となった『アメリカン・グラフィティ』(73)から引用されたシーンだ。ポール・トーマス・アンダーソンは、ジョージ・ルーカスの手掛けた名作からスピリットだけを抽出することに成功している。『アメリカン・グラフィティ』の台詞に倣うならば、「ゲイリーとアラナのロマンスは本物かどうか分からない。だが二人の気持ちは本物だ」。
『リコリス・ピザ』(C) 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
ゲイリー(クーパー・ホフマン)は年上のアラナ(アラナ・ハイム)に一目惚れをする。水道管の爆発に続くシーンで『リコリス・ピザ』はいきなり最高潮のロマンチックなシーンを迎える。本作において全てのことはいきなりトップギアでやってくる。ゲイリーの持つ手鏡を駆使したアクロバティックな撮影は、歩いている二人を撮っているだけにも関わらず、これから決定的な物語が始まることを確信させるだけの、魔法のような浮遊感を獲得している。ポール・トーマス・アンダーソンは冒頭のたった二つのシーンだけで映画の基調となるトーン、そして二人の俳優のトーンを決定づけてしまう。野心的な子役の高校生ゲイリーと人生に肩透かしを感じているアラナの出会い。あなたの鏡になりたい。ゲイリーとアラナはお互いにとってなくてはならない鏡のような関係を結んでいく。二人の小さな物語を観客が発見していく過程を、ニーナ・シモンの歌声が祝福する。
「真実の愛は世界の人たちが見るために花開く/七月の木の上に花開く」(ニーナ・シモン「July Tree」)