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『わたしは最悪。』理性と感性の相互監視が生み出す、ニューノーマルな主人公像

© 2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA

『わたしは最悪。』理性と感性の相互監視が生み出す、ニューノーマルな主人公像

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過去作品にも通底する「運命」と「選択」



 意思決定→行動を慎重に行う姿勢、自らの判断をどこか疑ってかかる“性格”に近いもの――それらを「運命」と「選択」で揺さぶる方法論は、『わたしは最悪。』以前のヨアキム・トリアー監督の作品にも見られる“通奏低音”だ。


 ルイ・マル監督の『鬼火』(63)の原作「ゆらめく炎」を翻案した『オスロ、8月31日』は、「選択」の余地のなさに苦しむ男の物語。薬物依存症の治療施設でリハビリを行うアンデシュは、外出許可を得て故郷のオスロへ。自殺願望に抗い、人生の再起を図ろうと就職活動を行うもうまくいかず、久々に再会した友人たちともなじめない。そんな折、彼をある試練が襲う。


 人生の選択を間違えた主人公が落ちていくさまをシリアスかつ哀切に見つめた本作は、『わたしは最悪。』におけるユリヤのデフォルト、“普通”がいかに恵まれているかを浮き彫りにする。成績優秀で容姿端麗でもあるユリヤの前には、無数の選択肢がある。彼女はどれを選べばいいのかわからずに戸惑うが、「選べること」自体が彼女のポテンシャルを示しているのだ(同時に、何者かになるプロセスが多様化した現代病とみることもできる)。そう考えると、また作品の見え方が変わってくることだろう。


 ちなみに本作、主演は『わたしは最悪。』でアクセルを演じたアンデルシュ・ダニエルセン・リー。なお、ユリヤ役のレナーテ・レインスヴェも短いシーンだが出演している。長編第1作の『リプライズ』(06)(こちらもリーが主演)、そして『オスロ、8月31日』『わたしは最悪。』は「オスロ三部作」とも呼ばれている。


『オスロ、8月31日』予告


 ヨアキム・トリアー監督が英語劇に挑んだ『母の残像』は、戦争写真家であった母を失った家族の物語。遺された夫と息子2人の心の傷がどのようにして癒されていくのか、彼らは再出発を図れるのかが、母の死から3年後に起こった出来事を中心に描かれていく。イザベル・ユペール演じる母が事故に遭うシーンの絵画的なスローモーション演出、「風を操る」妄想が具現化するシーンなどビジュアル面で『わたしは最悪。』に通じる部分も多いが、注目したいのは「割り切れなさ」を丁寧に描いているところ。


 母の死は表向きは事故とされているが、自殺の疑いもあるという微妙なもの。しかも、仕事上のパートナーと肉体関係にあった疑惑もあり、ジェシー・アイゼンバーグ扮する長男は母に対して複雑な感情を抱く。母は何を考えていたのか? どんな人だったのか? 「死後に秘密が明らかになる」といったミステリー仕立てではなく、ぼんやりした疑心暗鬼が漂うリアリスティックな配分が上手い。


 本作はいわば『わたしは最悪。』の逆転版ともいえ、「運命」に導かれて戦争写真家として生き、家族を裏切る行為も行っていた母の死をどのように受け入れて彼女の実像を定義するのか、家族それぞれの「選択」が描かれる。ナイーブな男性たちが意思決定に悩み続ける姿は、『わたしは最悪。』の精神構造と近い。


『母の残像』予告


 長編4作目の『テルマ』はまさに、運命に翻弄された女性がどう生きるかを選択する物語だ。戒律を重んじる厳格な両親に育てられたテルマ(エイリ・ハーポー)は、大学進学を機に様々な文化や娯楽に触れ、同級生に特別な感情を抱く。時を同じくして、テルマには原因不明の発作や自然現象が頻発。やがて彼女は、自らに隠された秘密と、己の内に眠る特別な力を知る……。


 本作もまた、思いのままに生きようとする衝動に対し、自らストップをかける人物が描かれており、ホラー要素もはらんだ超常スリラーながら、主人公の人物像は『わたしは最悪。』にも通じる。


『テルマ』予告


 『オスロ、8月31日』『母の残像』『テルマ』、そして『わたしは最悪。』。それぞれにテンションやジャンル、ストーリーの違いはあれど、どの作品の主人公も心の奥では「自分の人生が本当に正しいのか?」という自問自答を絶え間なく繰り広げている。それは翻せば、アクシデントに見舞われたり失敗を犯したとて、今現在は真摯に自分の人生と向き合っている、ということでもある。その清廉さが、人々がヨアキム・トリアー監督に惹かれ続ける理由の一つかもしれない。




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