ティファニーブルーの粒子
ラジコンの飛行機が飛んでいるのを見つけたワンダとデニスが青い空を見上げるシーンは、美しいティファニーブルーが強く印象を残す本作において最大のハイライトだろう。おもむろに車の屋根に上ったデニスは、この飛行物体に向けて自分の存在をアピールする。「戻ってこい!こっちだ!」。ここでの突発的なデニスの行為は、まるでSOSであるかのようだ。おそらくデニスは、アメリカ社会の孤島に取り残されてしまった自分たちを助けてほしいと願っている。取り残された二人が青い空と白い雲の景色に溶けていくこのシーンは、ファニーでありながら切実に感情を揺さぶるものがある。
このシーンには、もう一つ重要な要素がある。ワンダに対して何事にも命令口調で接していたデニスが、寒がる彼女の背後からジャケットを掛けてあげるという意外な一面を見せる。デニスは女性に対して悲しいくらい強権的にしか接することしかできない人物のため、決して擁護できるような態度とは言えないのだが。思い返せば、夜中にハンバーガーを買いに行かせるシーンでさえ、デニスはワンダの財布に残された家族の写真に嫉妬していたのかもしれない。ワンダはデニスが犯罪者だと分かってからも彼に付いていくことを選んだ。ワンダが能動的に選択した数少ない行動の一つともいえる。そしてデニスだけは、これまでの男性と違って決して彼女を捨て去ったりはしなかった。あくまでも彼女の選択を尊重した。そしてこの選択がドラマチックなことでも、ましてやロマンチックなことでもないというところが、本作を特異な傑作にしている。
『WANDA/ワンダ』(C)1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS
ここで重要な会話がワンダとデニスの間で交わされる。人生に何も望まないワンダに対してデニスは「アメリカ国民ですらない」と言い放つ。デニスはワンダに帽子を買ってあげることを約束する。ショッピングを終え、再び車で移動する最中、デニスはワンダの買ったリップスティック等をことごとく外に投げ捨てていく。デニスの思うワンダの姿と、それを叶えるワンダとの間に齟齬が生まれたのかもしれない。あるいはワンダにやさしくしてしまっている自分に対してデニスは苛立っているのかもしれない。デニスの相変わらずな態度は、強権的な映画作家と彼に従う女性俳優の関係のメタファーのように描かれている。これについてはイザベル・ユペールも言及するところだ。
マイケル・ヒギンズによると、ラジコンのシーンは、たまたま青空にラジコンの飛行機が飛んでいるのを発見したバーバラ・ローデンが、即興で撮影することを提案してきたのだという。本作の撮影監督を務めたニコラス・T・プロフェレスは、小説家ノーマン・メイラーの監督作品などでも同じドキュメンタリー・スタイルで撮っている。ワンダとデニスが乗る車の狭い空間をこれほど豊かなヴァリエーションで撮れたのは、フレキシブルな撮影に慣れていた彼の功績が大きい。
『WANDA/ワンダ』の16ミリフィルム+少人数スタッフのスタイルは、エリア・カザンの映画制作にも影響している。『突然の訪問者』(72)では、ニコラス・T・プロフェレスに撮影監督を依頼し、16ミリフィルムと最小限のスタッフで撮っている。『WANDA/ワンダ』と同じく、窓越しに捉えた景色やフィルムの粗い粒子が美しい。