2022.08.01
ジェームズ・フォーグルの原作、マット・ディロンの起用
映画の原作になっているのはジェームズ・フォーグルの自伝的な小説である(日本版はかつて角川書店より刊行)。フォーグル自身もジャンキーで、75年間に及ぶ人生の約50年間を刑務所で過ごしたという。他にも長編や短編を書いている作家で、大半の小説は刑務所で書かれている。脚本家のダニエル・ヨストが彼の小説に興味を持ち、それをガス・ヴァン・サント監督に紹介することで80年代後半から映画化がスタートしたという。
当時のガスはポートランドを本拠地にしたインディペンデント系の監督で、放浪する少年たちを描いたモノクロ作品『マラノーチェ』(85)を撮って評価された。これは後に“ポートランド3部作”と呼ばれるガスのストリート系の青春映画の1作目となっている。そして、ポートランドを舞台にした2作目『ドラッグストア・カウボーイ』を撮ることになった(ちなみにポートランド3部作の3作目は『マイ・プライベート・アイダホ』(91)で、この作品では男娼として暮らす青年たちの夢や悲哀が描かれる)。「Indie Wire」(2015年5月1日号)によれば、最初に主役としてガスが想定していたのはシンガーソングライターのトム・ウェイツだったそうだ。しかし、映画会社の契約の都合で、トムは出演できなくなり、その後、ショーン・ペン、マシュー・モディーン等も主役の候補に上がったが、結局はマット・ディロンに落ち着いた。
『ドラッグストア・カウボーイ』予告
それまでフランシス・コッポラ監督の『アウトサイダー』、『ランブルフィッシュ』(共に83)等で、ディロンはいきがったアウトサイダーを演じて目立っていたが、『ドラッグストア・カウボーイ』のボブ役は同じアウトサイダーでも、より落ち着いた雰囲気の思索的な人物像となっている。彼のナレーションで映画が進むが、妙に低い声がマットの特長で、その声の魅力が生きる構成だ。前述の“The Guardian”では「彼のキャリアを決定づけた作品」と評されていたが、完成した本編を見るとボブ役は本当にハマリ役。
当初、監督が望んだようにトム・ウェイツが主演なら、もっとオフビート感は出ただろうが、まるで違うトーンの作品になったと思う(『ダウン・バイ・ロー』(86)のような作品になったのだろうか?)代役として考えられたショーン・ペンは並外れた演技力はあるが、マットのようにフォトジェニックな男優ではないので、もう少しシリアスで、重いトーンになったかもしれない。
ガス・ヴァン・サントは俳優の演出がうまく、『マイ・プライベート・アイダホ』(91)ではリヴァー・フェニックスから最高の演技を引き出し、『誘う女』(95)では若かったホアキン・フェニックスを発見し、ニコール・キッドマンの新たな可能性も見せた。また、『グッドウィル・ハンティング 旅立ち』(97)ではマット・デイモンやベン・アフレックに飛躍のチャンスを与え、『ミルク』(08)では前述のショーン・ペンと組み、オスカーの主演男優賞も取らせている。
そんなガスが俳優から好演を引き出した最初の作品が『ドラッグストア・カウボーイ』で、ここではマット・ディロンだけではなく、(その後、伸び悩んだ)新人のケリー・リンチも永遠のジャンキー役で説得力を見せる。ガスはこの映画でインディペンデント映画界の才能ある新人監督として認められ、その年のインディペンデント・スピリット賞では主演男優賞(マット・ディロン)、脚本賞(ガス・ヴァン・サント、ダニエル・ヨスト)、撮影賞(ロバート・D・イェーマン)、助演男優賞(マックス・パーリック)などを受賞。イェーマンは、その後、ウェス・アンダーソン監督の作品と名コンビを組む撮影監督に成長する。監督、撮影監督と未来の才能が芽吹いた記念碑的な作品にもなっている。