2022.08.01
ウィリアム・バロウズの特別出演
出演者として異彩を放っているのが、作家のウィリアム・バロウズだろう。彼の出番は後編だけで出演場面も少ないが、普通の俳優には出せない何か独特の味わいを見せている。彼が演じるトムは年長者のジャンキーで、原作の中にも登場するキャラクターだが、バロウズはこの役を自分が好きなようにアレンジし、ジャンキーの牧師という設定に変えた。そして、劇中でしゃべるセリフも助手と相談しながら自分で作り上げたという。バロウズが演じる牧師のトムはいまもクスリを常用しているが、それでもしっかり生きていて、ボブのよき話し相手となる。
この映画の脚本が完成した時、監督はバロウズに脚本を送って読んでもらい、出演依頼をしたという。バロウズは50年代に詩人のアレン・ギンズバーグや作家のジャック・ケルアックらと共に現れたビート派の作家で、私生活ではジャンキーだったこともあったが、83歳まで生きた(1914年生まれ~1997年没)。実験的な作風の代表作としては『裸のランチ』(59)があり、こちらはデイヴィッド・クローネンバーグ監督が91年に映画化を果たしている。クスリを描いた作品としては「ジャンキー」(53)や「麻薬書簡」(63、アレン・ギンズバーグとの共著)なども書いている。
『ドラッグストア・カウボーイ』(c)Photofest / Getty Images
バロウズを『ドラッグストア・カウボーイ』に出演させるというのは、この監督らしい名アイデアだが、出演依頼をする前から監督とは知り合いだったようだ。それというのも、彼はバロウズの73年の短編集「おぼえていないときもある」に収録された作品を基にした短編映画 “The Discipline of D.E.”を82年に完成させていたからだ。“Indie Wire ”(2015年5月1日号)によれば、『ドラッグストア・カウボーイ』の脚本を受け取ったバロウズは映画に興味を持ち、1日だけの拘束という条件で出演を引き受けたという。劇中の彼のセリフは棒読みで、素人丸出しだが、それでいてカリスマ的な魅力があり、クスリの世界に身を置いていた人物らしいリアリティも感じられる。映画完成から8年後に亡くなっているので、生前の姿をとどめる貴重な作品にもなっている。