至近距離で/家族の銃口
メアリー・スチュワート・マスターソンが演じるテリーの輝きは、救いのない本作において唯一の希望といえる。テリーという本作のヒロインが、男性社会を描いた映画の飾り物ではないことは、テリーとブラッド・ジュニアが初めて視線を交わすショットに示されている。ブラッド・ジュニアが父親に惹かれていく本心を隠しているように、相手に惹かれている本心を隠そうとする演技をメアリー・スチュワート・マスターソンは、ニュアンス豊かに披露している。ファーストシーンで示される初対面の男性に対する彼女の防御本能、それでも強く惹かれてしまう様は、むしろ本作の演技上の主題を適確に示しているとさえ言えるのだ。ブラッド・ジュニアと恋に落ち、ホワイト家の闇を知りすぎてしまったテリーは、やがてブラッド・シニアの「至近距離で」感情を剥き出しにしてしまう。そして口火を切ったかのように恐怖の惨劇が本格化していく。彼女は近づきすぎてしまったのだ。
『ロンリー・ブラッド』(c)Photofest / Getty Images
『ロンリー・ブラッド』には二つのクライマックスが用意されているといえる。一つ目は息子が父親に銃口を向けるとき。そしてもう一つは「家族の銃口」とでもいえるものを父親に突きつける真のラスト。どちらも物理的、精神的な「至近距離」による、お互いの心臓の鼓動が聞こえてくるようなギリギリの攻防だ。ブラッド・ジュニアは悪魔のような父親によって二度殺され、二度生かされている。マドンナによる主題歌「Live To Tell」は、この陰惨な事件を若い犠牲者の視点から素描したレクイエムとして響くだろう。この事件のような社会の現実を風化させないために。
「私の心臓の鼓動を彼らはどう聞くのだろう?」。この一節は『ロンリー・ブラッド』を見る観客に向けて問いかけられている。
* Film Freak Central [Mr. Intense: FFC Interviews James Foley]
*参考文献 Robert Schnakenberg著「Christopher Walken A to Z: The Man, the Movies, the Legend」
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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