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『ファイブ・イージー・ピーセス』若きジャック・ニコルソン自身を投影した虚無感

(c)Photofest / Getty Images

『ファイブ・イージー・ピーセス』若きジャック・ニコルソン自身を投影した虚無感

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ニコルソンと監督ラフェルソン



 ボビー役には、ニコルソンだけではなく監督のラフェルソンの心情も託されているのだろう。彼は10代半ばから放浪生活に憧れ、さまざまな場所を転々としながら暮らしていたという(日本にも軍人として滞在したことがあるという)。そして、60年代からテレビの仕事をはじめ、前述のように「ザ・モンキーズ」のテレビショーで成功。アメリカのビートルズともいわれたモンキーズを使って、映画版『ザ・モンキーズ/恋の合言葉HEAD!』(68)という風変わりな作品で監督デビューを果たす。


 その時、ラフェルソンと共にシナリオを担当していたのが、なんと、ジャック・ニコルソンだった。この仕事でふたりは意気投合。ニコルソンは製作サイドの仕事も考えていたそうだが、ラフェルソンは一緒に組むことで彼の役者としてのポテンシャルの高さを発見した。そして、監督2作目の『ファイブ・イージー・ピーセス』で組んで、さらに絆を深め、次に『キング・オブ・マーヴィン・ガーデン 儚き夢の果て』(72)でもチームを組む。ニコルソンとブルース・ダーンが共演した心理劇で、ニコルソンは内気なDJ役。彼のキャリアにおいて、おそらく最も繊細なキャラクターの一人ではないかと思うが、演技のレベルは高く、そのうまさを堪能できる。ブルース・ダーンはニコルソンの兄役。大きな夢を見ようとする実力のない実業家役で、そこにエレン・バースティン扮する狂気を抱えたヒロインがからむ。これもBBS製作で、アート色の濃いシュールな作品。アメリカでは批評家には高く評価されたが、興業は厳しく、日本ではDVDのみのリリースとなった


 BBSでは他にもニコルソンが監督・脚本を担当し、カレン・ブラック、ブルース・ダーンが出演した問題作“Drive,He Said”(71)、ニコルソンも出演したオーソン・ウェルズ、チューズデイ・ウェルドの主演作“A Safe Place”(71、監督ヘンリー・ジャグロム)といったアート志向の作品も作られたが、日本では未公開に終わった(配給はいずれもコロムビア映画)。


 当時のBBSはかなり野心的な独立系の映画作りをめざしたが、すべての作品が成功したわけではない。



『ファイブ・イージー・ピーセス』(c)Photofest / Getty Images


 ただ、先鋭的な映画作りが可能だった70年代が終わっても、ニコルソンとラフェルソンはコンビを続け、81年の『郵便配達は二度ベルを鳴らす』でも組んだ。公開時に海外ではあまりいい評価を受けなかったが、男女の官能描写は話題を呼び、その後、作品としても再評価されている。ジェームズ・M・ケインの古典的なミステリー小説の映画化で、ニコルソンは官能的な女(ジェシカ・ラング)の夫殺しに手を染める前科のある旅人役。男と女のよじれた関係がテーマになっているところは、実は『ファイブ・イージー・ピーセス』との共通点でもある(物語はまったく違うが)。


 90年代に入ると、ニコルソンとラフェルソンはロマンティック・コメディの『お気にめすまま』(92)や犯罪物の『ブラッド&ワイン』(96)でも一緒に仕事をしている。60年代後半代から90年代半ばまで約30年間に渡ってふたりはコンビを組んだが、作品のクオリティは『ファイブ・イージー・ピーセス』が最も高く、当時のふたりの新しい映画作りに賭ける意欲が伝わる。


 ボビー・デュピーも、恋人のレイも、すごくリアルな人物像だった。アメリカン・ニューシネマの人物像は現実にいそうなキャラクターを作り上げることで、夢にあふれたかつてのハリウッド映画とは異なる等身大の人物像を作り上げ、特に70年代の若者には大きなインパクトを残すことになった。


 ボビーは既成の価値観から逸脱したアウトサイダーで、反抗心を内側に秘めている。その静かな反逆児ぶりが新鮮に思えた。一方、自分につれない男に寄り添うレイのキャラクターは現代の目で見ると少し古いかもしれないが、カレン・ブラックの演技には茶目っ気があるので、ボビー同様どこか憎めなくなる。


 この映画は音楽の取り入れ方もうまく、ボビーが育った中産階級の価値観はショパンバッハモーツァルトなどのクラシック、恋人レイのより庶民的な感覚はタミー・ウィネット(ワイネット)のカントリーソングに託されることで、ふたつの世界のカルチャー・ギャプやボビーの抱える葛藤が音からも伝わってくる。



文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。




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