2018.05.09
『そびえ立つ地獄』と検討された名作は?
作品によって条件はさまざまだが、基本的に日本の配給会社が邦題を決める場合、本国のスタジオやクリエイターのアプルーバル(承認)が必要になる。その際、意味を大きく変える場合は、日本で売りやすい意図を説明し、納得してもらうわけである。監督やプロデューサーが目指した作品のテーマを、著しく逸脱するタイトルをつけることはできないし、実際に却下された例も多い。
近年、完璧直訳の(D)が少ないのは、直訳タイトルがどうしても「純日本的」となり、たとえばアクション映画の場合、新しさやキレ味が薄くなってしまうからだろう。この傾向は、すでに1970年代あたりから生まれ、当初、『そびえ立つ地獄』という直訳邦題が検討された『 タワーリング・インフェルノ』が、原題そのままのカタカナで公開され、大ヒットにつながった。ちなみに映画公開後に同作の、2つ存在した原作小説のひとつが、「そびえたつ地獄」というタイトルで発刊されている。
アクション大作などと異なり、「情感」に訴えるラブストーリーや人間ドラマには、今でも日本語のみの邦題が目立つ。『君の名前で僕を呼んで』の邦題決定について、配給会社は「『君の名で僕を呼んで』とか、『君の名前で僕を呼んでくれ』など直訳にすると微妙に異なるパターンが出てくるが、スタッフ全員一致で『君の名前で僕を呼んで』となり、これ以外のタイトルは考えられなかった」と話す。
『君の名前で僕を呼んで』©Frenesy, La Cinefacture
これは完璧直訳(D)のパターンの中でも、『風と共に去リぬ』のように、文をタイトルにするという、極めてレアなケース。体現止めで印象をつけたいタイトルが多い映画の世界で、うまくハマれば逆に強く印象に残る。『君の名前で僕を呼んで』は『風と共に去りぬ』と同じく、タイトルを耳にしただけでは、どんな意味なのかよくわからない。あれこれイマジネーションが刺激されるはず。そして実際に作品を観て、その深い意味に納得する。シンプルに翻訳しただけのようで、その語感の美しさが作品の余韻と溶け合うという、見事なケミストリーを達成した成功例ではないだろうか。
さらにもうひとつ。映画の終盤で主人公二人の恋を見守ってきたある人物から発せられるセリフが、「君の名前で僕を呼んで」以上に、深く突き刺さる。クライマックスの描写なのであえて記さないが、ここに今作の重要なテーマが込められており、タイトル以上に忘れがたい言葉となって、作品の余韻に浸らせてくれるのである。
文: 斉藤博昭
1997年にフリーとなり、映画誌、劇場パンフレット、映画サイトなどさまざまな媒体に映画レビュー、インタビュー記事を寄稿。Yahoo!ニュースでコラムを随時更新中。スターチャンネルの番組「GO!シアター」では最新公開作品を紹介。
『君の名前で僕を呼んで』
4/27(金)、TOHOシネマズ シャンテ 他 全国ロードショー
配給:ファントム・フィルム
提供:カルチュア・パブリッシャーズ/ファントム・フィルム
©Frenesy, La Cinefacture