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『スペンサー ダイアナの決意』ダイアナに捧げるポートレート、エレガンスと反抗

Pablo Larrain

『スペンサー ダイアナの決意』ダイアナに捧げるポートレート、エレガンスと反抗

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『スペンサー ダイアナの決意』あらすじ

1991年のクリスマス。ダイアナ妃とチャールズ皇太子の夫婦関係はもう既に冷え切っていた。不倫や離婚の噂が飛び交う中、クリスマスを祝う王族が集まったエリザベス女王の私邸サンドリンガム・ハウス。ダイアナ以外の誰もが平穏を取り繕い、何事もなかったかのように過ごしている。息子たちとのひと時を除いて、ダイアナが自分らしくいられる時間はどこにもなかった。ディナーも、教会での礼拝も、常に誰かに見られている。彼女の精神はすでに限界に達していた。追い詰められたダイアナは、生まれ育った故郷サンドリンガムで、今後の人生を決める一大決心をする――。


Index


過剰な視線



「人とのつながりを求めながら、突きつけられる量の多さに皮肉にも距離を感じてしまう気持ちは、間違いなく理解できます」(クリステン・スチュワート)*1


 クリスマスを一家で祝うために、エリザベス女王の私邸サンドリンガム・ハウスに向けて赤いオープンカーを運転するダイアナ。パブロ・ラライン監督による『スペンサー ダイアナの決意』(21)の冒頭で、ダイアナ(クリステン・スチュワート)は道に迷ってしまう。ぶっきらぼうな言葉で独り言をつぶやくダイアナ。よほどダイアナの側近でない限り聞いたことはないであろう彼女の「素の言葉」は、エッジが効いていると共に、彼女の持っていた体温のようなものや実存を本作に宿している。


『スペンサー ダイアナの決意』予告


 王室一家で過ごすクリスマスの三日間。この三日間の苦痛を耐え抜くことを、ダイアナは心に誓っている。凍えるほど寒い冬。いくらダイアナが希望したところでサンドリンガム・ハウスに暖房器具が備え付けられることはない。遅刻してサンドリンガム・ハウスに到着したダイアナは、王室の伝統に倣い到着するやいなや体重を測らされる。1991年の冬。ダイアナはこういった王室の伝統や儀式に、もはや耐え難いほどの息苦しさを覚えている。ダイアナと息子たちが凍えるほど寒がっているサンドリンガム・ハウスの室内は、皮肉なことに暖色系の色合いのインテリアで統一されている。


 実際の悲劇に基づく寓話『スペンサー ダイアナの決意』は、実話を着想の基にしながらダイアナの心の中の世界へと潜り込んでいく。ダイアナのひび割れた心の隙間から潜り込んでいくような神経症的で幻覚的な世界。セリーヌ・シアマによる『秘密の森の、その向こう』(21)での素晴らしい仕事も記憶に新しいクレア・マトンによるカメラは、ロングショットでダイアナの彷徨を、クローズアップでダイアナの焦燥を捉える。



『スペンサー ダイアナの決意』Pablo Larrain


 スタンリー・キューブリックの『シャイニング』(80)を参考にした空撮、そして室内のインテリア。『シャイニング』のホテルと同じように、サンドリンガム・ハウスは「屋敷の記憶」を纏っている。ヘンリー8世の寵愛を受けながら、別の女性との結婚のため邪魔者として処刑されたアン・ブーリン王妃。ダイアナは彼女の悲劇の物語に自分を重ねている。王室一家がテーブルを囲むディナーのシーンでは、誰かが食器の音を立てれば、その音を耳をそばたてて聞いている者がいる。ダイアナの身に着けているパールのネックレスが、彼女を苦しめる幻聴であるかのようにジャラジャラと音を響かせる。


 ダイアナ=クリステン・スチュワートに向けられるクローズアップは、パパラッチから向けられるカメラから感じたであろう、ダイアナ妃の心理的な圧迫感を表わすかのように過剰な近さで撮られている。自分が求めている以上の世界との過剰なつながりに、ダイアナの心身は壊されていく。




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