2022.11.15
ティ・チャラという「不在の中心」
ワカンダの人々が対処するのは、決してタロカンや第三国との緊張関係だけではない。人々は――とりわけ自分を責めているシュリは――いまだティ・チャラの死を本当の意味で受け入れられてはいないのだ。それゆえ本作では、ワカンダとタロカンの衝突を描く主筋と、遺された人々の葛藤を描く副筋を、ブラックパンサー/ティ・チャラを“不在の中心”とする群像劇の形式で描き出していく。
天才科学者でありながら、失われたハート型ハーブを再現できずに兄を救えなかったシュリ。夫と息子を失い、今は娘だけが残っている女王ラモンダ。ドーラ・ミラージュの長として国家に尽くしているオコエ(ダナイ・グリラ)。ティ・チャラの元恋人であり、長らくその姿を見せないナキア(ルピタ・ニョンゴ)。ジャバリ族のリーダーであり、今ではワカンダの政治にも関与するエムバク(ウィンストン・デューク)。ワカンダでティ・チャラ亡き世界を生きる者たちが、まるでバトンリレーのように物語を転がすことになる。
『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』©Marvel Studios 2022
ライアン・クーグラーとジョー・ロバート・コールによる脚本は、ダイナミックに展開する国家間の物語のなかで、それぞれの“その後”の人物像をつぶさに描き分けていく。シュリとラモンダの弔い方が違うことにはじまり、各人の感情や思惑、政治的思想、そして人生の違いがモザイクのように浮かび上がるのだ。その結果、対立が起こるのは対タロカンだけではない。同じワカンダ人同士の間でも、いや同じワカンダ人同士だからこそ、お互いに相容れないことや許せないことが噴き上がる瞬間もあるだろう。
自国を守りながら亡き王の弔いを続けるワカンダと、同じく自国の民を守りたいネイモア率いるタロカン。両国の人々は非常にシリアスで、そこにMCU作品らしいユーモアを差し挟む余地はほとんどない。シュリも前作では陽気でコミカルな妹だったが、いまやそうした印象は限りなく影を潜めている。
そんな中、爽やかな新風をもたらすのが、本作で初登場となるアイアンハート/リリ・ウィリアムズ(ドミニク・ソーン)だ。その活発で饒舌なキャラクター性は、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(16)当時のスパイダーマン/ピーター・パーカーを思い出させるもの。おそらく製作陣も意図しているのだろう、リリの自室で起こる出来事や、またシュリとのやり取りにはピーターとの明らかな共通点を見出せる。とりわけシュリとの“科学者コンビ”は好相性で、緊迫する物語の箸休めとしても効果的だ。