2022.11.15
大いなる悲劇―ネイモアとブラックパンサー
あえて言えば、この映画は「悲劇」の物語だ。ワカンダの人々はブラックパンサー/ティ・チャラという国の柱を失って悲嘆に暮れているし、対するネイモアとタロカンにも壮絶な過去が横たわる。それこそ、ライアン・クーグラー監督が最も力点を置いた部分だろう。
前作『ブラックパンサー』でクーグラー監督が描いたのは、アフリカ人とアフリカ系アメリカ人の関係性であり、アフリカ系アメリカ人として生きることだった。そこにあるのは、アメリカで黒人が抑圧と差別を受けてきた歴史。ネイモアの背景にも、同じく支配と抑圧の歴史が描かれている。
コミックのネイモアは海底王国・アトランティスの王だが、MCU版では設定を一新。新たな文明・タロカンを描くにあたり、現在のメキシコをはじめとする中央アメリカ地域に存在したメソアメリカ文明が参照された。ネイモアは「自分をネイモアと呼ぶのは敵だけ」と言うが、タロカンにおける彼の名前は「ククルカン」。同じくメソアメリカのマヤ地域に伝わるマヤ神話の神に由来する名前で、“羽の生えた蛇”という意味もそのまま引用されている。ちなみに、ネイモア役のテノッチ・ウエルタもメキシコ出身である。メキシコ/メソアメリカという地理的条件のもと、ひとつの狙いのもとにすべてが設計されたことは明白だ。
『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』©Marvel Studios 2022
その上でクーグラーは、それでもワカンダとタロカンが衝突するほかないこと、そのプロセスを丹念に描き出す。「戦争の勃発を回避できるのか?」という物語は、裏返せば「こうして戦争は起こる」というメカニズムを白日の下にさらすものだ。スーパーヒーロー映画とは思えないほどに本作のアクションはリアルで痛々しいが、それはこの戦いが命のやり取りであり、“敵を倒せば万事解決”というわかりやすい構造のもとにはないため。『シビル・ウォー』以上にシリアスなスーパーヒーロー・バトルが待ち構えている。
この悲劇に重なるのが、ティ・チャラ亡きワカンダの課題である王位継承だ。公開前からファンの推測を呼んだ、「新ブラックパンサーは誰か?」問題である。もっとも映画が始まってしまえば、本作がそのことを物語の推進力にしていないことはすぐにわかる。なぜなら真の問題は、「誰が継ぐのか」ではなく「どうやって継ぐのか」そして「継いだ後どうするのか」だから。そこにティ・チャラを追悼する人々の物語が描き込まれ、ストーリーはより重層的なものとなっていく。
国家の衝突・王位継承・追悼という3つの柱が、物語の前半は独立して展開するため、ときには展開をやや散漫に感じることもあるかもしれない。しかし、それぞれのストーリーが絡み合い、ひとつに繋がりはじめたとき、もはや本作はポリティカル・スリラーの域には収まらなくなる。そこにあるのは、さながらシェイクスピア劇を思わせる壮大なスケールの戦争劇と、さまざまな思想と感情の渦巻く人間ドラマが融合した、MCUでも稀に見るストーリーテリング。あえて言えば、タイカ・ワイティティが『マイティ・ソー』シリーズから取り除いたものが、よりアップデートされた形で『ブラックパンサー』に蘇っている。