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『THE FIRST SLAM DUNK』を貫く“そこに生きている感”。痛みを乗り越え、踏み出す一歩 ※注!ネタバレ含みます。

© I.T.PLANNING,INC. © 2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners

『THE FIRST SLAM DUNK』を貫く“そこに生きている感”。痛みを乗り越え、踏み出す一歩 ※注!ネタバレ含みます。

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内面描写の要となった「痛み」の掘り下げ



 『THE FIRST SLAM DUNK』を観て驚かされるのは、臨場感あふれる映像・音響演出はもちろんのこと、やはり主人公が桜木花道でなく宮城リョータにスイッチしているところであろう。ただ、パラレルやマルチバース的な内容ではなく、原作と物語自体は共通している。感覚としては物語の視点=主人公が変わるゲーム等に近い。


 本作の物語は、1998年に発表された読切漫画『ピアス』や原作『SLAM DUNK』連載時にあったものの、言及されなかった細かな設定(宮城が沖縄出身であること等)を加えつつ、様々な新要素を加えて出来上がっている。「今の自分が作る意味としての視点」を探していた井上は、「弱い者や傷ついた者がそれでも前へ出る。痛みを乗り越え、一歩を踏み出す」というテーマにたどり着く(「THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE」インタビューより)。


 原作と本作を比較してみると、その意図は明快だ。兄の影響でバスケを始めた宮城は彼の死後、周囲から優秀な兄と比較されてコンプレックスを溜め込んでいく。母との距離に悩み、己の内に救う不安と闘い……。湘北の切り込み隊長としての役割を期待される反面、自信が持てず試合前や試合中にもアイデンティティを喪失しかけるなど、彼の内面がより掘り下げられているのだ。


 そこに、宮城のリストバンドのひとつが兄の形見だった、山王戦は兄にとっても悲願だった、中学時代に三井寿と面識があった、高1時代の赤木剛憲との衝突と信頼関係の形成といった原作ファンにとっての新事実が大量に盛り込まれ、エモーショナルな人間ドラマを形成していく。


 なぜ宮城なのか?という部分においては、『ピアス』が発表された点からわかる通り井上にとって「もっと描きたかった」と思えるキャラクターだった、という部分が大きい。桜木と流川ら1年、赤木・三井・木暮公延ら3年のドラマ部分に対して「2年生のリョータは間に挟まれていた」ことからなかなか分量を割けなかったのだ(劇場パンフレットの井上インタビューより)。そして、切り込み隊長でありながら司令塔としてゲームメイクの役割も担う宮城にフィーチャーすることで「試合の流れを邪魔せずに、むしろ試合と連動してドラマが展開する」効果の必然性も生んでいる。


 グレてしまった己の弱さを恥じる三井や、全国大会でメンタルに不調が生じる赤木、さらには対戦相手の山王のエース・沢北栄治の人物像もより細やかに描かれるが、これらはすべて各々の「痛み」とその先にある「一歩」につながっている。彼らの心に揺れに踏み込んで描くほど、ちょっとやそっとでは動じないメンタルモンスターである桜木と流川楓の超人ぶりが際立っていくというコントラストも上手い。


 興味深いのは、『THE FIRST SLAM DUNK』を経験してから原作に戻ると、見事なパスワークを見せつけられているかのように、原作のコマとコマの間に映画の内容が組み込まれて印象が大きく変化するということ。宮城と湘北メンバーの“出会い”が描かれることで関係値がより濃密に補填されているし、高校生である彼らが、重圧や不安と闘いながら試合に己のすべてをぶつける覚悟や勇気の深度が、よりダイレクトに伝わってくるのではないか。


 なお、2015年初頭にネームに取り掛かり、具体的なアニメーション作業に移ったのは、2018年の晩夏とのこと。単純計算で3年半もの歳月をかけて物語が研磨されていったのだ。「マンガと違い、映像は流れてしまう」「コマに大小を付けたり、“見せゴマ”的な演出ができない」という違い、さらには「各スタッフに伝えるため、自分の脳内を言語化せねばならない」という作業は井上を大いに苦しめたというが(詳細はぜひ「THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE」を確認されたし)、その“痛み”のかいあって繊細かつ強固な物語が生まれた。




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