不公平への怒り
『そばかす』の登場人物たちのほとんどは、生きづらさによる挫折、あるいは転向を経験している。いつもの海沿いで佳純は中学時代の同級生、真帆と再会する。東京でAV女優として活躍して地元に戻ってきた真帆。佳純は学生時代に特別仲が良かったわけでもない彼女に、どこか引き寄せられるように行動を共にしていく。二人が向かったキャンプ場では、偶然居合わせた別のキャンパーたちによって、再び気まずい会合＝恋愛話が反復される。慣れたような対応で質問をかわす真帆だが、彼女にはどこか悲しさがある。その夜、不意に目覚めた佳純がテントのファスナーを開ける。佳純は真帆を探す。どこまでも広がっていく夜を切り開いていくような、中瀬慧の手掛けた撮影が素晴らしい。
真帆は佳純の代弁者だ。そして真帆＝前田敦子の声は強い印象を残す。少し裏返るような独特な声の色。声で思い出せる人＝前田敦子の声を映画自体に取り込んだ本作の選択は、絶対的に正しい。そして前田敦子の演技は、とめどなく素晴らしい。不公平なことに対して怒りの声をあげる際の、話すスピードをどんどん加速させていく演技にスカッとさせられる。涙目になると同時に、共感の拳を握ってしまう。
『そばかす』(c)2022「そばかす」製作委員会
真帆の怒りの声は権力に向けられている。「多様性」という言葉を自分たちの都合のいいように使う人たちに対する怒りだ。私たちは「多様性」という言葉を使って近寄って来る権力に対して警戒する必要がある。「多様性」を否定する者はいない。ただその言葉は、あまりにも聞こえがよいゆえに利用されやすい言葉でもある。真帆の怒りは、この言葉を利用する偽善者に対して向けられている。怒りの声をあげる真帆の真摯な背中は、偽善者の背中と映像的に対比されている。どちらの背中に真実があるか。それは一目瞭然だ。
恋愛は生きている限り逃れられないものなのか？そんなはずはない。『そばかす』はアロマンティック・アセクシャルのヒロインを描いた上で、知らない間に固定されてしまった価値観への問いと、その見直しを促している。その意味で本作は真に教育的な映画だ。そして本作にあるのは永遠の連帯の約束ではなく、瞬間瞬間に生まれる連帯が持つ強さだ。本作の登場人物がそれぞれにバラバラの強さを持つように、映画を見た観客がそれぞれの強さを持ち帰ることに本作の賭けはある。とても勇気をもらえる作品だ。
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
『そばかす』を今すぐ予約する↓
『そばかす』
絶賛公開中
配給：ラビットハウス
(c)2022「そばかす」製作委員会
公式SNSをフォロー
