また会おうね
「あなたはいつも去る人と残る人に分けるのね」
「去ったからといって嫌いだとは限らない」
テヒは障碍者の詩人の口述筆記に無償で協力している。詩人の話す言葉をパソコンではなくタイプライターで打っていくテヒ。文字を打ち込むという行為は、携帯のメールで連絡を取り合う彼女たちの行為と重なるだけでなく、詩人としてのテヒ=ペ・ドゥナのイメージを完成させていく。本作でテヒがタイプライターで打つ最後の言葉は、詩人の口述筆記ではなく彼女自身によって紡がれた言葉だ。
家父長制による心理的な暴力に苦しむテヒは、ここではないどこか遠くへ行くことを願っている。外国人労働者に船に乗せてほしいと唐突に無茶な願いを申し出るテヒ。ボートに寝そべって、ひたすら河の流れに身を任すテヒ。テヒは高校を卒業して地元に残るという選択をしたが、彼女にはここを去っていく権利もある。たとえ去っていったとしても、この町や誰かのことを嫌いになるわけじゃない。彼女は残る者と去る者を分けたりしないのだ。
『子猫をお願い 4Kリマスター版』©2001 by IPictures and Masulpiri Pictures.
『子猫をお願い』で最後に五人が集まる風景に涙する。冬のある日、屋内に入れなくなった五人は寒さしのぎにシャベルでひたすら地面を掘り続ける。はしゃぐ彼女たち。特別な意味もなさそうなこの行為には、学生時代の彼女たちのような無邪気さがある。そしてこの集まりが「子猫たち」にとって人生で最後の集まりになってしまう可能性もある。自分の境遇を周りと比べてしまうことや、実際に経済的に苦しんでいるジヨンにテヒはどこまでも寄り添っている。そして皆が寝ている間に家に帰るジヨンは手紙を残していく。「また会おうね」。
『子猫をお願い』は、それぞれの人生の選択にジャッジを下さない。ここを去っていく者、ここに残り続ける者。いつか去って行ったとしても、あなたのことが嫌いになるわけじゃない。あの頃の無邪気さは失われていくものなのかもしれない。それでも彼女たちがやがて告げるであろう「さようなら」は、「また会おうね」を別の言葉に言い換えたものだ。たとえ二度と会えなくなってしまったとしても。さようなら、また会おうね。
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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配給:JAIHO
©2001 by IPictures and Masulpiri Pictures.