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『ボディ スナッチャー/恐怖の街』50年代アメリカのSF的ナイトメア ※注!ネタバレ含みます。

(c)Photofest / Getty Images

『ボディ スナッチャー/恐怖の街』50年代アメリカのSF的ナイトメア ※注!ネタバレ含みます。

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“社会の反逆者”としての主人公



 『刑事マディガン』(68)や『ダーティハリー』(71)に代表されるアクション映画、『燃える平原児』(60)や『真昼の死闘』(70)に代表される西部劇。ドン・シーゲルは職人監督として様々なジャンルを横断しながら、男臭い活劇映画を撮り続けてきた。その中で『ボディスナッチャー/恐怖の街』のようなSFスリラーは、彼のフィルモグラフィーの中でも特異な位置を占めている。


 だが実際のところ本作もまた、極めてドン・シーゲル的なキャラクターが躍動する映画と言える。彼の作品において主人公の男性たちは、社会的コミュニティに属さず、妻も子供もいない。あらゆる規範から自由であろうとし、典型的なアウトローとしてスクリーンに現出する。いわば彼らは、社会の反逆者なのだ。


 ポッド・ピープルによって占拠されたサンタ・ミラの街で、彼と恋人のベッキー(ダナ・ウィンター)は唯一の人間として孤軍奮闘し、彼らの懐柔にも乗らず、社会システムに組み込まれることを断固拒否する。そしてベッキーがポッド・ピープルに乗っ取られてしまっても、彼女との愛を全うすることはせず、たった一人で集団と対峙することを選ぶ。反共映画とか反赤狩り映画とか言う前に、そもそもアウトロー的な振る舞いこそが、非常にドン・シーゲル的なのだ。



『ボディ スナッチャー/恐怖の街』(c)Photofest / Getty Images


 彼の現場で演出を学んだクリント・イーストウッドは、こう語っている。


「実際のところ、彼にはいつも敵が必要だった。映画会社なり、プロデューサーなりのね。(中略)ドンは、製作担当者たちを嫌っていた。助手か秘書くらいに考えていて、実際、その程度の扱いしかしなかった。(中略)ドンは昔のスタジオ・システムが大嫌いだった」(*2)


 ドン・シーゲルもまた、スタジオ・システムに反抗し、アウトローとして映画道を貫いてきた。白と黒のコントラストが美しいノワール的ショットが横溢し、あえてカメラを傾けるダッチアングルも活用するなど、男臭いというよりはスタイリッシュな印象すら受ける『ボディスナッチャー/恐怖の街』だが、その構造はまごうことなきドン・シーゲル・フィルムなのである。


*1「SF映画術 ジェームズ・キャメロンと6人の巨匠が語るサイエンス・フィクション創作講座」(DU BOOKS)

*2「孤高の騎士クリント・イーストウッド」(フィルムアート社)



文:竹島ルイ

ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。



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