© 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All rights reserved.
『ボーンズ アンド オール』拭いがたい孤独感、思春期のためのR指定映画
2023.02.21
「人喰い」のメタファー
先述の通り、映画『ボーンズ アンド オール』は原作小説を大幅にアレンジした一作だ。したがってデアンジェリスによる原作と、グァダニーノ&カイガニックによる映画にはいくつもの相違点がある。しかし、決定的な違いをひとつだけ挙げるなら、それは「人を喰べる」という行為の意味だろう。
原作のマレンは、自分に性的興味をおぼえて近づいてくる少年たちを喰べる。ふたりきりになり、そっと唇を重ねようとしたが最後、彼らはたちまち餌食になってしまうのだ。かたや、リーの「喰べる」行為にはマレンとは別の意味がある。それは物語の後半で明らかになってくることだが、彼には彼なりの倫理があり、それに準じて喰べる相手を選んでいるのだから。
一方映画版では、マレンもリーも「喰べる」行為と性愛が分かちがたく結びついている。たとえば冒頭のシーンで、友人と仲むつまじく話していたマレンは、なぜ彼女の指に齧りついたのか。遊園地のスタッフに近づいたリーは、いかなる行為の最中に“とどめの一撃”を加えるのか。さきほど、ただ「性愛」とだけ書いたのは正確ではない。マレンにせよリーにせよ、そこには同性愛・両性愛のモチーフが常に存在するからだ。
『ボーンズ アンド オール』© 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All rights reserved.
グァダニーノとカイガニックは、ともに自らが同性愛者であることを公表している人物だ。カイガニックは本作に関するインタビューの中で、自身が80年代にアメリカの田舎町で生まれ育ったこと、ゲイであるために身の危険を感じていたことを明かしている。「自分のアイデンティティが、間違った人々に悪意をもって知られてしまったら、攻撃されるか、殺されるか、もしかすると自死を選ばなければいけないかもしれない。自分の人生が台無しになりかねない、と感じていました」。
もっともデアンジェリスによる原作小説が「喰べる」という行為に複数の意味を持たせているように、映画版の「喰べる」行為にもいくつもの解釈ができる。カイガニックは自分の個人的な経験を反映したことを認めているが、それが唯一無二の答えだとは言っていないし、監督であるグァダニーノはまた別の解釈を語っている。そして、リー役のシャラメもふたりとは異なる解釈をしているのだ。その幅広さこそが、本作の“映画としての豊かさ”に結びついている。