特別な意味を持った抱腹絶倒のNG集
それだけに、本作で2度目のオスカー候補になりながら受賞を逃したことを、セラーズは残念がったという。彼はその理由を映画の最後に流される長いアウトテイク、NG集にあったと感じていたらしい。3分半に及ぶそのNGシーンは、チャンスが怪我の状態を調べるためにベンジャミン邸のベッドに横たわった時、側にいる黒人のドクターに語りかけるというもの。横になったチャンスがあるセリフを復唱するシーンが撮られたものの、セラーズが何度も吹き出してしまって芝居にならなかったという。セラーズは、セリフにある白人に対する差別用語である”honky”のところで笑いを我慢できなくなり、そんな彼を見て共演者たちも吹いてしまう。ポーカーフェイスが売りだったピーター・セラーズが他のどの作品よりも腹を抱えて笑っているのは、おそらくこのNG集だろう。
『チャンス』(c)Photofest / Getty Images
映画のVHSがレンタルされるようになった時、すでにセラーズはこの世になく(1980年7月24日、54歳の若さで他界している)、多くのファンにとって、NG集はセラーズの死を想起させる特別な贈り物となった。当時は珍しかったNG集が、奇しくも、主演俳優の穏やかな旅立ちと、稀代のコメディアン、ピーター・セラーズが醸し出す人間味を映像として遺したのである。
俳優とは、そして人間とは、想定外のところで人の心を癒す場合もあるということを、『チャンス』とピーター・セラーズの短かった人生から感じ取ることができる。
アパレル業界から映画ライターに転身。現在、映画com、MOVIE WALKER PRESS、Safariオンラインにレビューやコラムを執筆。また、Yahoo!ニュース個人にブログをアップ。劇場用パンフレットにもレビューを執筆。著書に『オードリーに学ぶおしゃれ練習帳』(近代映画社刊)、監修として『オードリー・ヘプバーンという生き方』『オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120』(共に宝島社刊)。
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