夢のすぐ側に
「ハリウッドの夢は部分的に手放しました。そして砂漠に引っ越しました。”良い人生を送った。20年間よく頑張った。カッコいいこともした。でも終わったのかもしれない。そうではないかもしれない。分からない。自分はもうここにしがみつくつもりはない”。そう考えました。手放したことが私を(映画の世界へ)引き戻したのだと思います」(サイモン・レックス)*
『レッド・ロケット』の撮影クルーは、10人程度の少数精鋭だったという。サイモン・レックスにはマイキー・セイバーと同じく、ポルノへの出演経験がある。ポルノへの出演が発覚したことの影響で、サイモン・レックスのハリウッドでのキャリアは下降線をたどっていく。サイモン・レックスは本作への出演を決めるにあたり、失うものなど何もない精神で挑んだという。自主映画のように少人数のチーム。そしてショーン・ベイカーにスカウトされた演技経験のない非俳優の起用。地元の住民との交流。サイモン・レックスによると、出来上がった作品には多くのアドリブ演技が入っているという。アドリブに対する非俳優のリアクションが本作には収められている。そしてリアクション(=どう見られているか?)が映画を動かしている。「蒸し暑くて、不潔で、すごく最高だった!」。マイキーという好感の持てるクズを演じたサイモン・レックスにとって、本作の撮影は本当に楽しいものだったという。
『レッド・ロケット』© 2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.
本作ではゲリラ撮影が行われている。ショーン・ベイカーは長い車両の列車が到着することを知るや、急いでサイモン・レックスを呼び、撮影している。偶然の訪れに対してフレキシブルに動き回ることのできる撮影体制は、まさにショーン・ベイカーのチームならではのことだろう。マイキーとストロベリーによるこのユーモラスで悲哀に溢れたシーンは、本作でもっとも美しい場面の一つだ。
撮影監督のドリュー・ダニエルズは、本作のルックの参考として『続・激突!/カージャック』(74)や『パリ、テキサス』(84)、そしてアレックス・ウェッブの写真を挙げている。『フロリダ・プロジェクト』の熱烈なファンというドリュー・ダニエルズは、ショーン・ベイカーからの依頼に即答で返事をしたという。アメリカ郊外の景色を切り取るショーン・ベイカーのビジュアルアーティストとしての側面は、前作『フロリダ・プロジェクト』に続いて深化している。快適に自転車を漕ぐマイキーの背景には、石油コンビナートの景色が広がっている。隣人のロニーによると、川の向こう側は犯罪多発地域だという。
ディズニーワールドが近くにありながら、ディズニーワールドに行けない子供たちを描いた『フロリダ・プロジェクト』のように、ショーン・ベイカーの映画は、産業、そして夢のすぐ側に住む人たちを描く。ショーン・ベイカーの映画は、アメリカンドリームに手の届かない人たちのためにある。