二度目のアメリカンドリーム
「もう我慢できないんだ/嘘じゃないよ/出て行ってほしいんだ/ベイビー、もうさよならだ、バイバイ」(イン・シンク「Bye Bye Bye」)
『タンジェリン』で犯罪や愛憎の修羅場が繰り広げられた「ドーナツ・タイム」と似た名称を持つ「ドーナツ・ホール」で、マイキーはストロベリーに夢中になる(『タンジェリン』と同じく店主をツォウ・シンチンが演じている)。本作はストロベリーを敢えて18歳手前の年齢に設定することよって、ポルノ業界による若さの搾取の構造を浮かび上がらせている。マイキーはストロベリーに本気の恋を捧げているように見えるときもあるが、同時に彼はハスラー的な直感でストロベリーの若さのイメージを搾取しようと企てる。マイキーはストロベリーに尊敬されたいがために、虚勢を張っている。
この物語構造は、ショーン・ベイカーがキャリア全体に渡って影響されている『スター80』(83)のことを想起させる。しかし『スター80』で、少女の成功に嫉妬した挙句殺人に到ってしまう陰湿なポールのイメージとは違い、マイキーには生来の陽性のイメージがある。そして、70年代のアメリカン・ニューシネマから出てきたようなストロベリーのイメージはあまりにも鮮烈だ。ストロベリーの纏う黄色のワンピース、そして落ち着きのない動きが、幼さと同時に彼女を実像よりもイメージの次元に留めている。ストロベリーはマイキーの妄想なのか?マイキーは誠意と悪意の見分けがつかない世界に生きてる。そして『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』(12)のように、犬がマイキーのすべてを見ている。犬の視線がマイキーの白と黒をジャッジすることはない。本作で唯一ニュートラルな視線といえるだろう。
『レッド・ロケット』© 2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.
ストロベリーがピアノで弾き語るイン・シンクの「Bye Bye Bye」が素晴らしい。ストロベリーのあまりの歌の上手さ、美しさを前にしたマイキーは思いのほか力のない拍手を送る。このときマイキーは、自分にはない才能を発見してしまったのかもしれない。あるいは自分の思惑がまったくの見当違いであったことに気付かないフリをしているだけなのかもしれない。
率直だが不愉快なマイキー。陽気なクズのマイキー。うんざりさせるマイキー。ベイビー、もうさよならだ、バイバイ。マイキーはハリウッドの夢の残骸、サンフェルナンド・バレーの夢の残骸だ。『レッド・ロケット』は、アメリカンドリームに敗れ、もう一度見ようとした夢にも届かなかった者の肖像をあぶりだす。マイキーは思いのほか綺麗な瞳を持っている。映画が始まった当初は他人事のように思えたマイキーが、身近な存在に思えてくる。底抜けの陽気さ、厚顔無恥さが受ける罰も含め。マイキーの瞳には夢に届かない彼自身の姿だけでなく、この映画を見ている我々の世界が映っているのかもしれない。21世紀のアメリカン・ニューシネマの誕生を心から祝いたい。
* Slant Magazine[Interview: Simon Rex on Playing an Antihero and the Wild West Shoot of Red Rocket]
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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『レッド・ロケット』
4月 21 日(金) ヒューマントラストシネマ渋谷、シネマート新宿ほか全国ロードショー
配給:トランスフォーマー
© 2021 RED ROCKET PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.