ワンシーン・ワンカット、リアルタイムの“錯覚”
いきなり前言を撤回するようだが、『ロープ』は正確にはワンシーン・ワンカット映画ではない。当時は1回の撮影で10分しかフィルムを回せなかったため、フィルムの切れ目になると人物を横切らせたりして画面を真っ暗にし、黒味を繋ぐことで擬似的にワンシーン・ワンカットにしていたのである。とはいえ、その10分間のためには綿密な撮影プランとリハーサルが必要だった。ヒッチコック先生はこう語る。
「まったくたいへんだったよ。キャメラの動きについては、どんなに小さな点もあらかじめきちんと計算し、くりかえしテストをおこなった。移動車を使っての撮影だったから、まず床全体にキャメラの動くコースを描き、道案内のように順序を示す小さなナンバーをふった。キャメラマンはそのナンバーの順にキャメラを動かしていけばいいようにしたわけだ。(中略)家具類にも小さな滑車を付けて、キャメラの動きに応じて、さっとわきへ寄せたりすることができるようにした。まったく、この映画の撮影は見ものだったよ!」(*)
『ロープ』(c)Photofest / Getty Images
さらに付言すると、セットの壁もローラーになっていて、自由に取り外しができるようになっていたという。これによって、簡単にカメラを持ち込んでセッティングすることが可能になっていたのだ。『ロープ』は、オープニング・クレジットを除いてすべてスタジオで撮影されているが、あまりにも特殊な撮影方法に対応するために、そこかしこに知恵と工夫が凝らされているのである。
さらに前言を撤回するようだが、この映画はリアルタイムでもない。上映時間80分のなかで、パーティのシーンは40分にも満たない。窓から見える風景も、日中かと思ったらあっという間に夕方となり、ラストではすっかり日が暮れている。現実とは異なる、映画として“圧縮”された時間がそこには流れているのだ。
アパートの窓から見える雲は、グラスファイバーで作られたもの。リールを取り替えるタイミングで少しずつ移動させることで、“恣意的に加工された時間”がさもリアルタイムであるかのように錯覚させている。『ロープ』は、“錯覚”によって作られたワンシーン・ワンカット撮影であり、“錯覚”によって作られたリアルタイム・サスペンスなのである。