「殺す映画を撮ることは創造する力なんだ」
『ロープ』には、「ブランドンとフィリップは同性愛関係にある」という隠されたサブテキストがあるという。レオポルドは自分とローブが同性愛関係にあると主張する手紙を書いていることから、戯曲では二人が同性愛者であることが明白に描かれていた。さらにいえば、ブランドン役のジョン・ドール、フィリップ役のファーリー・グレンジャー、そして脚本家のアーサー・ローレンツも、同性愛者(もしくは両性愛者)だったと考えられている。
かつて淀川長治先生が、『太陽がいっぱい』(60)のトム・リプリー(アラン・ドロン)は同性愛者であると指摘したことは有名な話。だが正直筆者の鑑賞眼では、『太陽がいっぱい』はもちろん、『ロープ』においてもその指摘がピンと来ず。少なくともヒッチコックは、同性愛的テーマを背景化させる選択をしていない。そのニュアンスを入れることで、ストレートなサスペンスの切れ味が多少なりとも濁ってしまう、と考えたのかもしれない。
サスペンスの神様にとって常に重視するべきは、キャラクターの背景ではなく、殺人そのもの。劇中ブランドンが、「殺す力とは創造する力なんだ」と語るシーンがある。それは、「殺す映画を撮ることは創造する力なんだ」というヒッチコック自身の想いではないだろうか。
『ロープ』(c)Photofest / Getty Images
『ロープ』は間違いなく、映画史的にもエポック・メイキングな実験作だ。しかしヒッチコック先生ご自身は、この作品をあまりお気に召していないご様子。
「いまふりかえって考えてみると、ますます、無意味な狂ったアイデアだったという気がしてくるね。というのも、あのようなワン・カット撮影を強行することは、とりもなおさず、ストーリーを真に視覚的に語る秘訣はカット割りとモンタージュにこそあるというわたし自身の方法論(セオリー)を否定することにほかならなかったんだよ」(*)
「ストーリーを真に視覚的に語る秘訣はカット割りとモンタージュにこそある」という信条は、以降『見知らぬ乗客』(51)、『裏窓』(54)、『めまい』(58)、『北北西に進路を取れ』(59)、『サイコ』(60)といった数々の傑作で実践されていくことになる。『ロープ』なくして、ヒッチコックの偉大なキャリアは成立しなかったのかもしれない。
※『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー』晶文社
文:竹島ルイ
ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。
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