© 1973 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved
『ロング・グッドバイ』世界を傍観する者から、世界に介入する者へ ※注!ネタバレ含みます。
大いなる眠りから目覚めた男
完成した『ロング・グッドバイ』(73)は、熱心なチャンドラー・ファンから猛反発を買ってしまった。古き良き50年代L.A.を舞台にした物語を、ヒッピームーブメントとドラッグカルチャーに彩られた70年代に改変していたからだ。
原作ではマーロウとレノックスの出会いから始まるが、映画ではベッドで寝そべっていたマーロウがムクリと起き上がり、猫のためにキャットフードを買いに行くところから始まる。何とも気だるい、夢遊的なムード。…そう、まさしく本作のマーロウはある種の夢遊病者なのだ。ロバート・アルトマンのコメントを引用してみよう。
「お伽噺の主人公リップ・ヴァン・ウィンクルにひっかけてリップ・ヴァン・マーロウと呼ぼうなんて決めていた。20年の大いなる眠りから覚めて70年代初めのロスの景観をうろうろしているマーロウ、ただし心情的には過去のモラルを喚起しようとしている男なんだ」(*3)
『ロング・グッドバイ』© 1973 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved
深い森でぐっすり眠り込んでしまったリップ・ヴァン・ウィンクルが、山から下りると20年もの年月が過ぎ去っていたように、フィリップ・マーロウもまた20年もの眠りから眼を覚ます。だからこそ、この映画のオープニングは「ベッドで寝そべっていたマーロウが起き上がる」シーンでなくてはならないのである。
ハンフリー・ボガート、ロバート・ミッチャム、ジェームズ・ガーナー、ジェームズ・カーン、ロバート・モンゴメリー。様々な俳優が、“タフガイ”フィリップ・マーロウを演じてきた。だが本作でマーロウを演じるエリオット・グールドは、いつもボサボサの頭で、起き抜けのような寝ぼけ眼で、ひっきりなしにタバコを咥えている。彼はまだ、タイムスリップしたこの世界に馴染んでいない。
なぜ隣に住む女性たちは、半裸でヨガ瞑想に耽っているのか。なぜ守衛は、やたら物真似を披露したがるのか。なぜギャング一味は、突然パンツ一丁になるのか(そしてなぜ、その一人がアーノルド・シュワルツェネッガーなのか)。全ては謎だらけで、全ては不明瞭。『ロング・グッドバイ』は、半覚半睡状態の男が、不条理すぎる世界と対峙する物語なのである。