© 2021 NOLITA CINEMA – DEADLY VALENTINE PUBLISHING / ReallyLikeFilms
『ジェーンとシャルロット』母親であり永遠の娘であること
2023.08.08
子供時代の“声”の交換
シャルロットがジェーンにカメラのシャッターを切り続ける。カメラのシャッター音がまるでシャルロットの“声”のようだと、ジェーンは言う。『ジェーンとシャルロット』は、二人の“声”の交換に関する映画だ。シンガーでもある二人の“声”の小ささ、美しさにハッとさせられる。歌うように会話する二人の言葉が、音符を交換しているように聞こえてくる。
「私にあったとても小さな才能を考えると、私の幸運は計り知れないものでした」(ジェーン・バーキン)*2
イギリス人でありながら“フランスの象徴”として讃えられるジェーンだが、彼女は自分の持っている才能について、とても謙虚に語る人であり、その言葉は本心のように思える。自分はジーン・シュリンプトンのコピーであり、フランソワーズ・アルディほど美しくない。ジェーンはそんな風にも語っている。ジェーンは華奢な体や小さな声といった自身のコンプレックスを、むしろ積極的にオーディエンスに見せることで独自の道を切り拓いた。この反転の発想は、無邪気な“遊び”に似ている。ジェーンがセルジュとの出会いについて「第二の子供時代」と形容する理由は、きっとここにある。
『ジェーンとシャルロット』© 2021 NOLITA CINEMA – DEADLY VALENTINE PUBLISHING / ReallyLikeFilms
子供時代を生き直す。『ジェーンとシャルロット』のシャルロットは、子供時代の失われた夏休みの埋め合わせをしようとしているように思えてくる。クロード・ミレール監督の『なまいきシャルロット』(85)等、学校の夏休みを返上して映画の撮影をしていたシャルロット。「彼女の触るものすべては黄金に変わる。俳優シャルロット・ゲンズブールの才能は、自分より上なのだ」と常々語っていたジェーン。シャルロットはカメラを「口実」にすることで、子供時代に母親と過ごすはずだった夏休みを生き直している。カメラのシャッター音は、ジェーンと同じく小さな声の持ち主シャルロットによる内気な“声”なのだろう。
すべては子供時代へ。本作はジェーン・バーキンという伝説との対話ではない。私たちが自分の母親と話したいと願う、あるいは話すことが叶わなかった対話を実現しようとしている。シャルロットと同様にジェーンも、すべてが過ぎ去ってしまうことの残酷さを知っている。本作のハイライトといえる、セルジュと過ごした部屋への訪問シーンは、その思いが強く滲んでいる。1991年のセルジュの死後、ジェーンはこの場所を訪れていなかった。