2023.09.22
過去のリンクレイター作品へのリンク
バーナデットは、IT企業に勤める夫エルジー(ビリー・クラダップ)、成績優秀で「母親とは親友」と自認している娘のビー(エマ・ネルソン)、そして犬とともにシアトルの郊外に住んでいる。煩雑な日常の家事などを、デジタル機器を通してバーチャル秘書に任せるなど、さびれた趣のある館のなかで不自由のない生活を送っている。だが彼女は、現在住んでいるシアトルの街に悪態をつき、隣の家の住人に挑発的な態度をとってもいる。
かつてバーナデットは、業界の常識を覆す天才的な建築家として知られていた。しかし、ある出来事をきっかけに、いまでは建築、設計の仕事から離れた元有名人として、極力他人と関わり合いにならないように暮らしている。知的でありながら、ときに弱気で、ときに社会や他人に批判的な目を向ける彼女の気難しい性質……それは、通常必要とされる映画の登場人物としての枠を超えるほどに複雑で魅力的だ。
『バーナデット ママは行方不明』Wilson Webb / Annapurna Pictures
偶然の成り行きが重なったことで、彼女は夫から精神的な問題を抱えていると疑われてしまうことになる。お隣さんのオードリー(コメディ俳優であるクリステン・ウィグが演じている)とバーナデットとの確執は、そんな誤解の一因ともなってしまうのだが、その掛け合いには思わず笑わされてしまう。ジャック・ブラックが主演した、リンクレイター監督の過去作『スクール・オブ・ロック』(03)に通じるコメディ描写が、本作に明るさと軽快さを与えている。
また、登場場面は少ないものの、陰でマリファナを吸っているオードリーの息子もまた、悪ガキではあるが愛情を持って魅力的に描かれている。まさにリンクレイター監督の『バッド・チューニング』(93)のような、不安げで無軌道な青春の姿を、彼が一人で担っているといえるのではないか。
夫が心配するほどの状態ではないとはいえ、バーナデットが実際に心理的に追いつめられていたことも、また確かなことだ。建築業界で親交のあったポール(ローレンス・フィッシュバーン)が、バーナデットと久々に再会する場面があるが、彼は彼女が良くない状態に陥っていることを見抜き、「早く仕事を再開するんだ」とアドバイスする。ある種の人間にとって、絶えず創造を続けることが精神の安定に繋がるのだと。