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『気狂いピエロ』1960年代ゴダールを象徴する再会と決別の物語

(c)Photofest / Getty Images

『気狂いピエロ』1960年代ゴダールを象徴する再会と決別の物語

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原作小説に忠実だからこそ際立つ、映画の独自性



 他にも細かな部分まで、随所に小説からの引用がある。初めて二人が出会うときにマリアンヌが着ているまるで女学生のような格好は、「タータンチェックのショートスカート、体にぴったり合ったジャケット、素足にローファー」という小説の記述そのものだし、彼女がいつも持ち歩く茶色の子犬型のバッグは、マッデンがアリーに買い与えるプードルの代わりだろう。また、逃亡途中で車の中にあった大金を燃やしてしまったことに気づき、マリアンヌが「あのお金があれば、シカゴでもラスベガスでも行けたのに」とつぶやくのは、小説の主人公たちがたどる道のりへのオマージュだ。


 小説と映画との相似点を挙げていけばキリがない。驚くのは、こうした相似点を見つければ見つけるほど、かえってゴダールの映画がいかに何にも似ていないか、いかに原作とは別物かがわかることだ。小説と同じ筋書きをたどり、人物設定やファッションはそっくり、いくつか同じセリフも使われている。それにもかかわらず、『気狂いピエロ』はアンナ・カリーナとジャン=ポール・ベルモンドの愛の逃避行の映画でしかない。真っ赤なドレスを着て茶色い子犬のバッグを振り回すアンナ・カリーナは、アメリカの犯罪小説が描いた10代のファム・ファタルとは似ても似つかない唯一無二の存在だし、ジャン=ポール・ベルモンドが迎えるあの壮絶な最期など、小説のどこにも見当たらない。



『気狂いピエロ』(c)Photofest / Getty Images


 映画がいかに小説と異なるかは、二人がアパートから逃げ出すシーンを見ればわかるはずだ。滑らかに動き回るラウール・クタールのカメラが捉えるのは、部屋から部屋へすばやく移動し、ときに窓からバルコニーへと飛び出していくアンナ・カリーナとジャン=ポール・ベルモンドの姿。その息をのむような美しさを目にすれば、背景にある物語などどうでもよくなってしまう。ゴダールは、原作の物語を忠実にたどりながら、そこに映るすべてを断片化し、意味を取り払う。そして強烈なイメージだけが、見る者の目に刻まれる。




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