王道アメリカ映画の継承者カーペンター
カーペンターはマニアックなホラー、SF志向の監督と誤解されがちだが、彼の作風はアメリカ映画の王道を継承している。映画監督の黒沢清は、主流に見えるスティーブン・スピルバーグやジェームズ・キャメロンこそが異端であり、カーペンターこそがアメリカ映画の王道であるという趣旨の指摘をしている。
シンプルで余分なものを排除し、奇をてらったアングルやカット割りを採用せず、映画の語りだけで作品を駆動させる作風は今ならクリント・イーストウッドに最も近いとさえ思える。そんな彼が自らの映画の中で重要なモチーフとして登場させるものは自然とアメリカ文化の王道に寄り添うものとなる。それは『ゼイリブ』にもよく現れている。
『ゼイリブ』で登場人物たちが閉じ込められているのは行き過ぎた資本主義社会だ。消費することをメディアに繰り返し刷り込まれ、深い思考を忘れた資本主義の牢獄。それと戦う主人公にカーペンターがキャスティングしたのはロディ・パイパーというプロレスラーだった。プロレスラーというあまりにもアメリカ的な人物をキャスティングしたのは、カーペンターがそこにアメリカンスピリッツを見たからだろう。80年代を象徴する資本主義、レーガノミクスを打ち倒すのは、80年代的アメリカ文化の体現者プロレスラーしかいない。ホークス西部劇の信奉者である王道アメリカ映画の継承者カーペンターはそう信じたに違いないのだ。
『ゼイリブ』(c)1988 StudioCanal. All Rights Reserved.
さらに処女作にも同じ精神性が流れている。彼の監督デビュー作『 ダーク・スター』(74)は宇宙を彷徨う宇宙船の乗組員が、徐々に精神のバランスを崩していく過程を描く。狭い船内に何年も閉じ込められ、故郷への郷愁を募らせる乗組員は、ラストで「宇宙をサーフィンする」ことによって、閉じ込められ、死にかけていた自らの精神を解放する。荒唐無稽だが、不思議な解放感のある名シーンだ。『ダーク・スター』をともに制作したダン・オバノンは当初、このシーンがあまりにもバカバカしいため、削除することを主張した。しかしカーペンターは頑なにゆずらなかったという。サーフィンは、1960年代、旧世代への反発として生まれたカウンターカルチャーと呼応し大きく発展した。アメリカの自由を体現するサーフィンこそ、閉じ込められ、狂気に陥る精神を救う処方箋だったのではないだろうか(『 エスケープ・フロム・LA』(96)でも主人公スネークがサーフィンを披露する!)。
「自分にとって大切なものは譲らないこと。そして私にとって大切なものは何かというとビジョンだ。そのためなら戦える」
『ゼイリブ』(c)1988 StudioCanal. All Rights Reserved.
閉じ込められた人々の戦いを鮮烈なビジョンで描いてきたジョン・カーペンター。前作から既に7年が経過しているが新作の噂は聞こえてこない。今は音楽活動に精力を注いでいるようだが、70歳で監督を引退するのは早すぎる。閉じ込められた人々が戦う新たな彼の王道映画を必ず観られると信じ、今は静かに待つしかない。
参考文献
「 映画秘宝ディレクターズ・ファイル ジョン・カーペンター 恐怖の倫理」(鷲巣義明・監修/洋泉社)
「
映画作家が自身を語る 恐怖の詩学 ジョン・カーペンター」(ジル・ブーランジェ・編/井上正昭・訳/フィルムアート社)
ゼイリブ 通常版 [Blu-ray]:監督インタビュー
文:稲垣哲也
TVディレクター。マンガや映画のクリエイターの妄執を描くドキュメンタリー企画の実現が個人的テーマ。過去に演出した番組には『劇画ゴッドファーザー マンガに革命を起こした男』(WOWOW)『たけし誕生 オイラの師匠と浅草』(NHK)など。現在、ある著名マンガ家のドキュメンタリーを企画中。
『ゼイリブ』製作30周年を記念して、<製作30周年記念HDリマスター版>の公開が決定!
『ゼイリブ<製作30周年記念HDリマスター版>』は9月29日(土)~新宿シネマカリテ(レイトショー)他にて公開。
※2018年6月記事掲載時の情報です。
『ゼイリブ』
発売元:TCエンタテインメント/是空
販売元:TCエンタテインメント
Blu-ray、DVD各3,800円+税 好評発売中
(c)1988 StudioCanal. All Rights Reserved.